JINSEI STORIES
滞仏日記「パリの空港のコロナ対策の意外」 Posted on 2020/02/10 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、予定の到着時間より16時間も遅れて、朝の7時に、ぼくはやっとパリに着いた。乗客から誰も文句が出ない。日本人は優しいなぁと思った。ところでぼくがパリを出発してから世界は劇的に変化してしまった。コロナの感染者数は3万人を、死者数は900人を越えた(中国政府の見解)。コロナウイルスに対する世界の意識も劇的に変化している。そこでパリの空港がどのような水際対策をとっているのかが気になる。先の日記でも書いた通り、フランスは一昨日、イギリス人の感染者が新たに5人出た。しかし、それ以前に出た感染者は全員完治に向かっている。よほど凄い水際対策が取られているに違いない。友人のリサからは「仁成、空港で二週間隔離されないか気を付けて戻って来てね」とメールも貰った。ドキドキしながら飛行機を降りた。ところが、である。
飛行機をおりる時にもノーチェック。ぼくはいつもと変わらぬ感じで、動く歩道を通り、パスポートコントロールへと向かった。「外国人は右のレーンに、ヨーロピアン、フランス人は左のレーンに」と係の人が言うだけで、ノーチェック。入国審査時に何か質問を受けるわけでもない。日本の場合、パスポートコントロールに入る直前、熱探知機の前を通過しないとならない。専任の係官も二人いる。(これはコロナが流行するずっと以前から続いている)けれどもパリの空港にはそういうものも全くない、ノーチェックだ。荷物を受け取り、そのまま普通に外に出ることができた。誰からも何も言われなかった。つまり、日本よりも全然緩いのである。外に出た瞬間、思わず背後を振り返り、え? 大丈夫なんかなぁ、と言葉が飛び出してしまったほどの拍子抜けであった。つまり、完全なノーチェック、意外な結論である。どうやって感染者ゼロを実現できたのか、不思議だった。あれだけの中国人観光客が毎日わんさかとやって来ているというのに…。或いは、放置しているのかもしれない。日本以上に。
羽田空港のチェックインカウンターの女性職員さんに「どうですか? コロナウイルスとか心配じゃないですか?」と質問をしてみた。すると「最初は心配でしたけど、空港職員で感染した人もいないですし、大丈夫みたいです」と笑顔で言われてしまった。ネガティブな情報を広めないために、そう言わないとならないルールがあるのかもしれないけれど、マスクをしているわけでもないし、確かにいつもと変わらなかった。機内でもCAさんに同じ質問をぶつけてみた。ちなみに、CAさんは全員マスクをしていた。「マスクは義務付けられているんですか?」と訊くと「はい、そうなんです。すいません、失礼だとは思うのですけど、時期が時期ですから」と言われた。そういえば滞在中、取引銀行に通帳記入に行ったのだが、銀行職員の方々も全員マスクをされており、「義務付けられているんです」と言った。
パリの空港でちょっとした変化があるとすれば、行きの時は空港職員だけがマスクをしていたけれど、あれから一週間ちょっと経って、一般のお客さんたちの中にもちらほらとマスクをつけている人が目立つようになっていた。マスクを普段つけないフランス人が空港ではマスクを着ける。これは在仏18年で、はじめてみる光景でもあった。いったい、どこでマスクを手に入れているのだろう。
ともかく、ぼくが持った印象としてはパリの空港は厳戒態勢ではなかった。多少、減ってはいるものの、中国人の団体客の姿もみかけた。移動の制限がはじまっているので前ほどではないにしても、ゼロではない。中国人だからといって入国できなかったり、特別な検閲が行われているわけではない。スルーなんだ、と思った。彼らはぼくと同じように、普通に飛行機から外へと出ているはずだった。
ちなみに、ぼくはマスクを着けた状態で、タクシー乗り場まで歩いてみた。すくなくとも空港内ではマスクをすることに対する違和感は覚えなかった。フランスよりも、日本の方がやはり敏感になっている気がする。中国が近いからだろうし、クルーズ船のニュースが連日報道されているからかもしれない。それにしても、あのクルーズ船、あのままではコロナが感染する前に乗客の皆さんが病気で倒れてしまうのじゃないか、と心配になる。お年寄りが多いのに、なんとも残酷な状態である。船内で次々に感染者が出ているけれど、微粒子でうつるという専門家の説もあるので、空調などを通してウイルスが拡散していたりしてしないだろうか?館内放送でしか情報を得られない外国人の方々は相当に不安なはずである。シャルル・ド・ゴール空港の広々とした空間に佇み、狭い船内にいるお年寄りの方々のことを考えながら、心配をした。