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滞仏日記「飛行機が一日遅延、ぼくは羽田空港で不安な夜」  Posted on 2020/02/10 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、この時間、ぼくはとっくにパリに到着して、家でくつろいでいる時間なのだが、実はこの原稿をぼくは深夜の羽田空港で書いている。出発は昨日の午前中の予定だったが、さらにその前日(8日)に「出発が延期された」という英語のメールが届いた。宛先も書かれてないのでウイルスメールかと最初心配になった。(宛先を書いてください、お願いします)20年近く日仏を往復してきたが、時間にさえ滅多に遅れたことがない飛行機がなぜこれほど遅延するのか、不思議だった。もしかしたら「新型コロナ」の影響かもしれない。

「チケットを買い求めた代理店に電話するように」とメールに書かれてあったのでパリの担当の人の携帯に電話をしたが週末のしかも早朝なので「こちらでは対応しかねる」という眠そうな返事。まあ、そうだろうな、と思い、今度は日本の航空会社に直接電話をした。すると音声サービスが「この電話は一分間に22円かかります」とアナウンス。こんな状況でもお金がかかることに、ちょっと腹が立った。やれやれ。

しかし、対応してくれたオペレーターの斎藤さんは優しい方で、親身になっていろいろと調べてくれた。するとコロナではなく、どうやら台風のようなストーム(キアラという名前であった)が欧州を通過するらしい。出発が明日(9日)の午後14時40分に変更になっています、と教えてくれた。3時間程度の遅延なので、まあ、しょうがないな、と思っていたところ、今朝(9日)、再びメールボックスにまたメッセージが届いていて、10日の深夜に変更になった、とあるではないか。心配なので再び航空会社に電話をすると、なぜかアメリカのデスクに繋がり、そこの川島さんが今度は対応してくださった。「はい、万全を期して、さらに出発を大幅に遅らせることになりました」というのである。9日の出発が日を跨いで10日になっている。到着はパリ時間10日の午前中になる。息子に電話をいれ事情を説明した。彼はニヒルに笑って、仕方ないね、無事に帰ってくることの方が大事だからね、と大人の対応であった。

ところがパリ行きのエアーフランス便はガンガン普通に飛んでいるのだ。日本の航空会社の便だけ、飛ばないのである。たまたま同時刻に知り合いが乗ることになっていたので、大丈夫ですか、とメールをすると、まもなく普通に離陸するよ、と拍子抜けの返事が届いた。エアフラは自信があるのであろう。でも、どっちがいいかというと、安全に戻りたいので、遅延で十分だと僕は思った。急がば回れ、である。

滞仏日記「飛行機が一日遅延、ぼくは羽田空港で不安な夜」 



深夜、人のいないは羽田に到着した。こんな時間の空港に来ることはないので、ちょっと面白かった。人がまばらで、がらんとしている。時期が時期だけに、あまり空港をうろちょろしたくないので、混雑している空港じゃなくてラッキーだったのかもしれない。そうだ、ラッキーだと思うべきだろう。いつもだと中国からの団体客が大勢いる。土産物屋も、レストランも、出国審査場も、どこもかしこもたくさんの中国人。でも、今日は誰もいない。がらんと静まり返っている。誰もいない場所の椅子に座り、パソコンを取り出し、この日記を書きだした。

次の難関はパリのシャルル・ド・ゴール空港ということになる。入国審査と手荷物の引き取り場、そしてタクシー乗り場で列に並ばなければならない。マスクをすることになるだろうが、そうなるとタクシーの運転手さんも怖がるかもしれない。バスや電車で市内に向かう人はもっと気を使うことになるだろう。フランス人はマスクをしないので、マスクは怖がられる。とくにアジア人でマスクをしていると中国からの観光客と思われてしまう。NYでマスクをしたアジア人が暴行を受けている。フランスではそういうことはないにしても、普通に嫌がられ、避けられそうだ。

そういえば、一つ、嫌なニュースがあった。コロナウイルスは飛沫感染だけではなく、エアロゾル(空気中に浮遊する微粒子)形態でも感染することが分かったというのである。これは飛沫が空気中で混ざり合ってエアロゾルを形成し、これを吸入するだけでもうつる。こうなると空気感染と何が違うのか、とお手上げになる。これが事実ならばクルーズ船のような場所でどんどん感染が広がっていった理由も納得できる。マスクが有効でなない、という学者の意見もあったが、確かにマスクでは塞ぎきれなくなる。さて、ぼくはこれから出発する飛行機の中で、どのように身を守っていけばいいのか、不安になった。ぼくのような日仏間の移動民族にとってコロナウイルス、かなりの大敵である。 

滞仏日記「飛行機が一日遅延、ぼくは羽田空港で不安な夜」 

自分流×帝京大学