JINSEI STORIES
滞仏日記「一つの創作の奴隷にならない。父ちゃん流、自由を貫く表現方法」 Posted on 2023/09/13 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、最近、欧州に戻ってから、連日、爆睡出来ている、父ちゃん。
不眠症のぼくが、導眠剤を飲まなくても、ぐっすり6時間ぶっ通しで寝つくことが出来ている。何が起こったのかわからないが、実に健康的な毎日なのだ。
公演など、日本での責任ある仕事がひと段落して、心と身体が安堵しているのかもしれない。
早起きをして、三四郎と英仏海峡をのぞむ浜辺を散歩することにした。
かもめ、くらげ、犬、カラス、貝、人間、などが、静かに揺蕩っていた。
ボイス・オブ・ツジビルと題したおしゃべりをその浜辺から生配信。100人くらいの人に向けてのきままなおしゃべりとなった。
ここには話し相手がいないので、楽しかった。ぼくの精神安定剤になりつつある。
帰りに、犬カフェに立ち寄ってカフェオレを飲み(女将のサンドリンヌが素敵なのだ。あはは、人妻だけどね)、それから画材屋に行き、油絵をコーティングするためのニスを買ってから、スーパーで鳥のささみ、生姜をゲット、ランチは喉のために、おなじみ、釜揚げうどんを作ってすすった。はー、美味しかった。
午後は、ここでもカンバスに向かった。絵筆が進む。☜小説はどうするの?
わかってはいるのだけれど、小説はきっと充電期間なんだと思う。
父ちゃんのポリシーは、一つの創作の奴隷にならない、ということ。
筆だけで食べていると、いろいろ書く仕事をこなさないとならないし、文芸時評や時流を分析しないとならない。
でも、そういうの疲れるからね。
納得できる作品が生まれるまできちんと筆をしまっておけることは、書くことの上で、健康的なのだ。
今は、なぜか、絵の依頼が増えたので、そこに集中し、頭を切り替えている。これが、小説や音楽にもいい影響を与える。
一つの創作の奴隷にならないということは、小さなことが気にならなくなる、ということ。
ぼくは文学の世界でも異端だから、特に文壇との付き合いがない。
とある知り合いの作家は、全部の批評家に献本するので、本を出すたびに大変なのだ、と肩をすくめていた。ひゃあ。
父ちゃんは、一冊も献本しない。
献本リストが存在しない。編集者さんに毎回、献本リストください、と言われ、そんなものはない、と返す。読みたい人は買って読めばいい。図書館にもある。
だから、新聞の時評とかに滅多に載らない。それでも、たまに、載ることがある。そういう文芸評論家さんはちゃんと本を買ってくれているに違いない。
ありがとうございます。☜素直だ。
10年に一度くらい、新聞の文芸時評に載ることがあって、驚く。
すくなくとも、ぼくは文壇で重要な作家ではない。
でも、奴隷にならないから、ぼくはぼくを保つことが出来て、さらには、時流に関係なく、好きなものを好きなタイミングで自由に書いていくことが出来ている。
トマトが食べたい時は、ぼくだって、八百屋でトマトを買う。
小説だって売り物なのだ。献本はしない。
ごまんと作家がいる、こういう作家がいてもいいでしょう。
風に吹かれていよう。
絵の世界は最近、かかわったばかりだから、まだ、よくわからない。
ぼくの絵は、画廊で展示され、販売されるが、今回は、6割が(伊勢丹画廊とは別に、もうひとつ仲介の画廊が入っているため)先方に、ぼくには4割が回って来る。
有り難いが、4割のうち2割は税金でとられるとして、全体の2割程度がぼくの売り上げとなる。
でも、輸送費用、画材費用は作家持ちなので、赤字ではないけれど、画家って、作家に負けないくらい、大変な仕事なんだよね。
フランスや英国でも個展をやろうと思っているので、今、各方面と協議中。
早く皆さんに見て頂きたいけれど、かなりシュールな世界なので、驚かないでね。(伊勢丹さんの作品は、ノルマンディ情景、と副題がつく。夏に予定されるもう一つの個展は、パリ情景)
しかし、人生は一度なので、その中で、何が出来るのか、どこまでやれるのか、残り時間と話し合いながら、駒をすすめていくしかない。
そういうぼくの人生において、このノルマンディでの暮らしはとっても重要なのだ。
ここで生きている人たちは、みんな、あくせくしていないし、誹謗中傷などから無縁な人たちで、ある意味、人生をある程度生き切って、老後をひっそりと生きている人が多い。
東京では戦闘態勢で仕事をしているが、今は、田舎で創作をしているので、マイペース。
ここで絵をどんどん描いて、ギターをかき鳴らして、歌って、次の舞台に備えている。
ぼくの絵は、ノルマンディが生んだ偉大な作曲家、エリック・サティの音楽を流しながら、描いている。
筆を動かしている間は、サティに癒されながら・・・。
お楽しみに。
つづく。
今日も読んでくれてありがとうございます。
ちょうど、今週は、毎朝、NHK・BSの「パリごはん」の再放送が連日続いてみたいですね。ツジビルを通して、皆さんの感想が聞こえています。パリごはん、大変な時代を生きてきましたよね。ロックダウンの中での子育てとか、ひゃあ、思い出すと、眩暈が。でも、あの頃も、絵を描いておりました。ぼくの絵は「祈り」なんです。はい。
NHK/BS「ボンジュール、辻仁成のパリごはん」
いま、毎日、放送中だよ!!!!!!
新作は16日!!!
今後の全ての放送スケジュールがアップになりました。
https://www.nhk.jp/p/ts/6XW8NZ748V/schedule/