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滞仏日記、2「ブレグジットを通して感じるEUの未来」 Posted on 2020/02/03 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、昨日、出演したミスターサンデーでブレグジットの話題が出た。橋下徹さんと木村太郎さんもゲストだったので、いつになく賑やかな番組になった。ぼくももう少し言いたいことがあったのだけど、宮根さん、橋下さん、木村さんに挟まれ、口下手なぼくは言い尽くせなかった。笑。なので、補足である。

ユーロがスタートした2002年の1月1日、ぼくはパリにいた。セーヌ川の岸壁に€マークが投影されていて、スーパーのレジはどこも大混乱、長蛇の列であった。新しい時代の幕開けと共に、ぼくはこの欧州で暮らすようになった。そこでひしひしと感じたことがある。彼らはもともとヨーロピアン(欧州人)としての自覚があった。アジア人にはここまでの共通意識がないけれど、彼ら欧州人は、キリスト教的な歴史観を共有し、欧州の王族同士が結婚を繰り返し、太い繋がりを持っているし、古代ギリシャ・古代ローマの文明を根っこに持ち、世界大戦を繰り返したくないという思い、そこからアメリカやソ連など大国の台頭に押しつぶされないよう欧州を一つにして強い国家連合を作ろうという決意があった。EUは1957年に成立したヨーロッパ経済共同体(EEC)から始まり、ECを得て、誕生した。欧州連合には、ギリシャ、イタリア、オーストリア、ドイツ、フランス、スペイン、イギリス、北欧諸国など巨大樹木に繋がる同じ根っこのようなものが根底にある。

滞仏日記、2「ブレグジットを通して感じるEUの未来」

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ヨーロッパ人であればパスポートがなくてもIDカードさえあればEU圏内は自由に移動が出来る。ヨーロピアンは空港なんかでも特別なゲートがあって、長い行列に並ばないでもさっと空港の外に出ることが出来る。パリの空港で降りた経験のある人ならわかるだろう。「外国人」と「ヨーロピアン」という分け方がされている。「外国人」と「フランス人」じゃない。(羽田空港だと、日本人と外国人の二つに分けられている)検閲も厳しさが違うのだ。外国人であるぼくらの方が当然入国審査も厳しい。欧州内であればヨーロピアンとして簡単に移動が出来る。だからフランスに大勢のイギリス人が住んでいて、驚くべきことだけど、700人超のイギリス国籍を持つ(もしくは二重国籍者など)市町村議会議員がいる。日本に中国人の市町村議会議員が700人も存在することはあり得ない。今回のブレグジットによって彼らは議員を続けることが出来なくなる。実はEU内でのヨーロッパ人のつながりは相当に濃密なのだ。ザクっと言ってしまうと、四国に関西人がたくさん暮らしていても不思議じゃない感覚に似ている気がする。イギリスがEUを離脱するというのは、北海道が独立するような感覚(実際には違うけれど)を欧州人に与えていて、欧州側はとっても寂しい。イギリスの離脱に反対する側もものすごく寂しい。ぼくの知り合いの離脱に反対する英国人たちは離脱の前日、集まってフランスワインを飲んだのだとか。この寂しさこそが、今後、問題になってくる。

移民問題から保守主義が台頭してきているので、イギリスが美味しい離脱に成功した場合、次はイタリアやオーストリアあたりが、実はもともと火種を持っているので、マネをするのじゃないか、という危機感をEU側首脳部は持っているに違いない。マクロン大統領などは英国の離脱に厳しい見解を表明しているし、英国に対して「裏切り者」くらいの思いがあるのじゃないか。今年はブレグジット猶予期間なので、まだ、静かな欧州だけれど、年の瀬くらいから、想像を超える波乱が飛び出してくるのは間違いなさそうだ。

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