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退屈日記「蕎麦好き父ちゃんの奇妙な注文の仕方が、若者の固定概念を破壊する」 Posted on 2023/09/02 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、出版社の編集者さんと次の作品について、蕎麦屋で、打ち合わせした。
夜はコースしかない、お蕎麦屋さんだった。最初に酒のつまみのような4小皿が出てくる。これがセットなのだ。最後に蕎麦を注文するスタイル。メインの蕎麦にたどり着くまでに気分をあげていく感じが演出されている。
「せいろ1枚。おつゆなし」
ぼくが最後にこう告げると、つれの編集者が、えええ、おつゆなしで食べるんです?
「ああ、薬味はいります。お塩を少しください」
で、喉も治ったし、深酒をしないということが自分への条件で日本酒「明鏡止水」を注文した。つまり、これが、おつゆに、なるのであーる。
となりに座る若い編集者は、
「えええ、辻さん、かけているの日本酒ですよ?」
「そうだよ。なにか?」
「いや、珍しい食べ方だったから」
小皿に、そばを少し置き、そこに葱をかけ、ちょっとだけ塩をふり、最後に日本酒をサッと回し掛けするのである。
ずるずる~。
「おー、うまい」

退屈日記「蕎麦好き父ちゃんの奇妙な注文の仕方が、若者の固定概念を破壊する」

退屈日記「蕎麦好き父ちゃんの奇妙な注文の仕方が、若者の固定概念を破壊する」



「つまりだな、榊原君、これがぼくの蕎麦の食べ方なんじゃよ」
「ほー」
「美味しい蕎麦はそもそも繊細なんだ。蕎麦は胡麻ほど香りがない。しかし、よく噛むと、香りも風味もしっかり、出てくる。本物は特にね。蕎麦の風味を殺さないことが、蕎麦への最大の敬意なんじゃよ」
「はい、先生」
「だからだな、御汁なんて主張の強いものをかけたら、全部が台無しなってしまう。だし巻きを食べりゃあいいだろう。濃厚なダシ、醤油とか、そういうものに蕎麦が負けてしまうのは当たり前だ。なんで、おつゆを大量につけて皆さんがずるずるやるのか、ぼくには逆にわからない。どっぷり浸けて食べる人がいるけど、あれは、もう、蕎麦への冒涜じゃ。おつゆをつけて食べるのであれば、蕎麦の先端をちょっと浸すくらいが、イキというものだ。違うかね、君」
「あ、いや、先生、そこまで考えたことありませんでした。子供のころから、お蕎麦はおつゆにつけて食べるという習慣でしたから」
「繊細な蕎麦の身にもなれ」
「確かに」
「君は、どこで蕎麦の素晴らしさを味わってるんだ」
「のど越しですかね・・・。言われてみれば、蕎麦よりもおつゆの味が勝ってます・・・。でも、触感はおつゆとマッチングしていてイイ感じだと思いますが」
理屈より、現実である。
榊原君の小皿に、蕎麦をちょっと盛り、薬味、塩、日本酒を少々かけてやった。
「食べてみー」
この日本酒はかけすぎては蕎麦がやはり台無しになるので、小雨振る感じで、蕎麦をかるく濡らす程度ばベストなのであーる。

退屈日記「蕎麦好き父ちゃんの奇妙な注文の仕方が、若者の固定概念を破壊する」

退屈日記「蕎麦好き父ちゃんの奇妙な注文の仕方が、若者の固定概念を破壊する」



「あああ、先生、風味が違う!」
「じゃろが、ふふふ」
勝ち誇る父ちゃん。若い編集者は日本酒につけて、蕎麦を食べだした。
「ここではじめて板わさが生きる」
「確かに」
「七味はかけても問題はないが、最初からかけちゃダメだ」
「先生、海苔は?」
「海苔はお好みでいいが、不要だろう。海の風味がほしい時だけにしなさい」
ということで、小説の話などほとんどせずに、終わった。
「先生、ありがとうございます。新しい世界を知ることが出来ました」
「日本酒は米だから、蕎麦との相性も悪くない。しかし、日本酒が蕎麦を邪魔することもあるので、そういう時は、薬味と塩だけでいけ。たまに、塩も葱も受け付けない蕎麦もあるので、そういう時は、水を数滴ふって、風味を嗅いで楽しんでから、口にいれるといい。その瞬間はそこまで感動はないが、しばらく噛んでいると、蕎麦自体の風味がひろがりはじめる。そこに日本酒をちょっと流すと、これが最高なんだよ。君、わかったかね」
「先生、ありがとうございました。友だちに広めます」
ということで、うざいオヤジを相手にさせられた若い榊原君が、可哀想、という皆さん、いいえ、これが文学なのです。熱血~。

つづく。

今日も読んでくれてありがとうございます。
ということで、日本に来ると、うまい蕎麦屋を探し回る、蕎麦好き父ちゃん、次回はどこへ行くのでしょう。えへへ。

オンライン・コミュニティービレッジ、ツジビル(辻村)が開村をしました。
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さらに、父ちゃんが朗読する自著、「ミラクル」
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9月3日、京都劇場でライブ(完売)
9月16日、NHKBS、新作「パリごはんSP」その一週間前から連日過去作一挙再放送。
2024年2月末、伊勢丹アートギャラリーにて絵画初個展「les invisible」開催。

●「ボンジュール!辻仁成の春のパリごはん」
【BSP】9月11日(月)午前6:15~7:14
※初回放送 2021年6月18日

●「ボンジュール!辻仁成の秋のパリごはん」
【BSP】9月12日(火)午前6:15~7:14
※初回放送 2021年10月30日

●「ボンジュール!辻仁成の冬のパリごはん」
【BSP】9月13日(水)午前6:15~7:14
※初回放送 2022年2月23日

●「ボンジュール!辻仁成のパリごはん 2022春」
【BSP】9月14日(木)午前6:15~7:14
※初回放送 2022年6月17日

●「ボンジュール!辻仁成のパリごはん 2022夏」
【BSP】9月15日(金)午前6:15~7:14
※初回放送 2022年9月23日

●「ボンジュール!辻仁成のパリごはん 2022秋冬」
【BSP】9月16日(土)午後1:00~1:59
※初回放送 2023年2月17日

●「ボンジュール!辻仁成のパリごはん 2023春」
【BSP/BS4K】 「パリごはん2023SP」(9/16土曜20:00~21:29)
今回が、初回放送になる、新作です!!!!!

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自分流×帝京大学