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滞仏日記・2「告げ口に惑わされるな」 Posted on 2020/01/26 辻 仁成 作家 パリ

「辻さんのこと、こんなこと言ってる人間がいます」とよく言われる。その時、ぼくは「あなたはどうなの」といつも心の中で思ってその人の告げ口を聞いている。告げ口というのは悪口や陰口よりもたちが悪い。第三者の言葉を引用し、いわば第三者を隠れ蓑として、自分は味方ですけど、という安全な立ち位置から、その人の一番弱い部分を攻撃するのだから、最悪なのだけど、この告げ口をしている人間というのは自分は正義の味方のような顔をしていることが多いし、こういう文を読んでも気づかない人が多いので、さらにたちが悪い。



告げ口されたら、その元への怒りを持つことはあまり得策ではない。そういうものはだいたいその仲介者によって捻じ曲げられており、その仲介者の偽善という名の悪意こそが諸悪の根源であることを我々は見抜いた上で付き合っていかなければならない。親切なふりをして告げ口をしてくる人間は同等、あるいはそれ以上に要注意人物なのである。ぼくは少なくともお人よしなので何度も嫌な思いをして辛酸を舐めてきた。なので、最近は心得として、告げ口された瞬間で、その人のことも警戒対象と決めている。

誰かの悪口を吹聴しまくっている人間に会っても、そのことをぼくは悪口言われている人間には告げ口することはない。それは冷たいのではない。そのことでその人を苦しめる役回りに関わりたくないからだし、ぼく自身がそう思っていなければそういう悪口も陰口もそもそもいうべきことじゃないからだ。そのことをわざわざ言いに言って人を苦しめることはぼくにはできないぁ。

ぼくが言いたいことは、「君はところでどう思っているの? ぼくのこと」ということだけだ。他人が何を言ってるか、そこにいない人間の言葉で落ちこんだりいい気になったりする暇も時間もない。あなたはどう思ってるのか、そのことだけでいい。それが言えないのに告げ口しに来る人間を相手にしちゃダメだ。面白がってるだけなのだから。だから、気にしない気にしない。これに尽きる。

これはネガティブなメッセージではありません、とってもポジティブな話なのです。

滞仏日記・2「告げ口に惑わされるな」