JINSEI STORIES

滞仏日記「どうでもいいことをチクリにくるうざい世界」 Posted on 2020/01/25 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、人間の無責任な発言がだいたいこの世界を構成していて、そのせいで多くの人が苦しんでいるのだけど、とくにネット社会になってその無責任さ加減は半端ない広がりをみせている。そういう世界でどうやってぼくらは生きて行けばいいのか、ということだ。とある若者が「ラインが苦しい」と言った。グループラインで持論を展開すると叩かれる、のだとか。ツイッターやインスタで誰かと繋がること自体を苦しんでる人も多い。何かを言うと、思わぬところから信じられない批判とか悪口が飛んでくる。でも、携帯を手放すことができない。しかし、こういう批判は正直、張りぼてに過ぎない。こちらが悩んでいるほど他人は真剣に批判しているわけじゃないのだ。暇つぶしだ。気にしたら負ける、相手にしたら損する、むきになったら馬鹿を見る。ただそれだけの世界だと思っておけばいい。どうでもいいことだ。

滞仏日記「どうでもいいことをチクリにくるうざい世界」

うちの息子のクラスにもゴシップ好きな子がいて、息子が怒っていた。ネットでぼくのことを調べて、どうやって調べたのかわからないのだけど、翻訳機でも使ったのだろう。フランス人なのに、うちの家庭の事情などを根掘り葉掘り調べ上げては吹聴しているらしい。「お前の親は」みたいな話しをされたのかもしれない。それなのに、ぼくのライブなんかにもやって来る、のだから始末に負えない。そこのご両親もおしゃべりで、PTAとかがあるとやって来て、その子と同じような話しをする。フランス作家の悪口とかが大好きなのだ。最初は息子の同級生の親御さんだからと思って、ニコニコしていたのだけど、フランス人作家の悪口ばかりをわざわざ日本作家のぼくに言いに来て、同意を求めてくるのだから気持ち悪い。何が楽しいのだろう、と辟易としてしまった。つまり、親の離婚後、息子はずっとそういうことから逃げ続けてきたのに、まさかクラスメイトに過去を掘り起こされるとは思ってなかった。暇なんだよ、気にすることじゃない、としか言えなかった。今日、夕飯の準備をしているとキッチンに顔を出し、あいつとの付き合いはやめた、と宣言した。
「人間には絶対に触れられたくない部分がある。そういう魂の境界線を平気で越えてくる人間は友だちでもなんでもない」
そこでぼくは廊下の灯りのスイッチにも「消えろ」と日本語で書いたシールを貼ることにした。寝る前に、消せばいいのだ。ただそれだけのことである。どうでもいいことなんだよ。



なぜか、他人というのは余計なことを言いたがる。聞きたくないことをあえて言う。「あの人が君のことをこう言っていたよ」と信じられないことを言う人がなんでこんなに多いのだろう。懇意にさせて頂いている瀬戸内寂聴先生にも昔「この際だから辻さんにはっきりと言っておくけど、あんたは皆に嫌われてるのよ」と嫌ってる人間たちの実名入りで言われたことがあった。ぼくは先生に感謝をするべきか、先生もその一人なんじゃないか、と疑うべきか悩んだ。あれから15年くらい経つけど、その結論はまだ出ていない。少なくとも、ぼくは関わりたくない。実際、どうでもいことなのだ。どうでもいいことは消せばいい。いい子になる必要はないし、我慢をすることでもない。正々堂々、しっかり生きていればいいだけのことである。

自分流×帝京大学