JINSEI STORIES
滞日日記「夏バテが酷く、やってられないよ、と叫んでレストランに駆け込むの巻」 Posted on 2023/08/11 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、夏バテなのであーる。
動けないし、眠いし、食欲ないし、辛いのだ。
料理をする気にもならないし、食べに行っても、表向き呑めないから、つまらないし、ライブ前だから感染も怖いので、あまり出歩かないようにしてきた。
「あれ、辻さん、禁酒じゃないんですか?」
知り合いのレストランに行くと、みんなブログを読んでいるから、下手なことやると、SNSでチクられるので、
「そうなんだよ。だからさ、ノンアルコール、ちょうだい」
とビールと言いかけて、これである。
でも、夏バテはよくない。思えば、本格的な自炊が出来ないので体力も落ちている。
高級レストランでたまにはフォークとナイフを使って美味しいものを食べたい、と思い、星付きみたいなレストランに顔を出したら、
「うちは会員制で、どなたのご紹介ですか」
と言われ、しどろもどろになった。
名のあるレストランはどこも満席で、予約がとれない。
「父ちゃんだよー」
は通じない。
一応、マジで、言ってみた。
「父ちゃんです」
店員さん、じっとぼくの目を見て、
「お父さん、申し訳ありません。お招きしたいのですが、うちは会員制でして」
「父ちゃんは辛い」
と言い残し、踵をかえしたのであーる。
こうなると俄然、高級なレストランに行って、贅沢がしたくなる。
だって、父ちゃん、東京に来てから、煮卵作って、鮭の味噌漬け、茄子のおしんこと、紫蘇ふりかけをパックのご飯にふりかけて・・・、もう、いいよね、そういう食生活。
なので、グーグルで、美味しい店、と入れて近所の高評価店を探した。
すると、ホテルのすぐ近くに、食ベログ「4.8」というのがあった。
食べログは、実は、そこまで信じてないのだが、知らない土地だと一定の目安になる。
ミシュラン星付きとかだと、一人で、ロン毛で、汚い恰好だから、入りにくい。
とりあえず、ネットで調べると、本日、満席とあった。
だいたい、こういう店は一回転目は満席、一席とかあけば、入れてくれたりする。
そこで、30分後、その時、20時半だったが、電話で、試してみた。
「ええと、今は満席なんですが、9時を過ぎると、ぽっと一席あくことがあります」
優しい声のお姉さんであった。
「あー、それでいいです。ダメなら諦めますから」
「わかりました。じゃあ、9時半ということで、お名前いただけますか?」
「はい、つじつねひさ、といいます」
ぼくは、東京では、つねひさ(弟)の名前を悪用しているのだ。
「つじつねひささま、一名、お待ちしております」
「やった。4.8ゲット!」
コースだと一人1万5千円くらいする高級店だが、9時過ぎると、一皿でもいい、と書かれてあった。小食の父ちゃんは一皿で十分だった。
そして、9時半、ちょうどに、こっそりと店の引き戸をあけた、ふふふ、つじつねひさなのであーる。
「ご予約のつじつねひさ様ですね。奥の席にどうぞ」
カウンターの一番奥であった。いい席だ。独り身にはちょうどいい。
その人がソムリエさんだった。
シェフは若い人で、真面目そうな雰囲気であった。
となりのカップルがデザートの時間だった。
シチリアで食べた「カンノーリ」(円筒形の焼き生地の中にリコッタのクリームが入っている、ゴッドファザーで有名になったお菓子)が出された。
「ああ、カンノーリなんだ、珍しい」
と思わず、呟いた父ちゃん。ただものではない感をちょっと滲ませる。☜ 嫌な客。
「お客さん、カンノーリ、ご存じなんですね」
「ああ、いや~、先月ね、シチリアに行ったから」☜いやーな客。
シェフがぼくをチラッと見た。ふふふ、作戦成功。☜、つじつねひさめ。
「いいですねー、イタリア」
ソムリエさん、可愛い人だった。☜ 父ちゃん、楽しくなってきた。
一杯だけ、呑もうかな、と心に言い聞かせている、つじつねひさ、である。
いや、今日はもう、夏バテで、本当に命の水がないとダメな日なのだ。☜言い訳がましい。
禁酒禁酒と騒いでいるぼくなのだけれど、高級レストランに来て、何も飲まないのは失礼というものだ。
美味しいものをたまに食べないとライブも失敗してしまいかねない。
「ワイン、どうされますか?」
禁酒中とは言えなかった。しかし、ぼくはつじつねひさだし・・・。☜?
「イタリアのワインはあんまり詳しくないんだ。どっちかというとフランスの方が得意でね」
「あ、ございますよ。こちらの横が全部セラーになっています。よければ、中へどうぞ。気になるものがあれば」
「ボトルは無理だから、グラスであります? まだ仕事があるんで」
すると、可愛いソムリエさん、背後にある小さなセラーからフランスワインを数本出して並べた。
おお、イイ感じだ。☜ やばい。本当に一杯だけだぞ、父ちゃん!!!
「あの、おススメはこちらのアリゴテになります」
「いやぁ、ぼくね、アリゴテのアシッド(酸味)が苦手なんで」
「ですよね、アリゴテって、酸味気になりますが、実は、これ、酸味がない珍しいアリゴテなんです」
確かに、たまに、そういうアリゴテもある。
「お客さま、詳しいんですね」
「あ、いや、それほどでもー」
だんだん、調子に乗っている、つじつねひさ、であった。
「これは大丈夫かと思いますが、試してみませんか? ダメならば、別のにかえますので」
お姉さん、丁寧にコルクをあけて、香りを嗅いで、それから、グラスに注いでくれた。
うわ、禁酒中なのに、と思った父ちゃんだが、昨日の日記のアンケートで、98%の読者さんが、完全な禁酒じゃなくて、父ちゃんの判断で、無理のない範囲での禁酒がいい、とおっしゃってくれたのだった。皆さん、優しい。
夜、いっぱいだけならば、許される範囲であろう。身体にもいいし。
グラスを掴んで、ゆっくりと回し、慣れた手つきをお姉さんソムリエさんに見せつけてから、まず、香りを嗅いでみる、つじつねひさ。
口に少し含んで、空気を混ぜ合わせて、舌先で味わってみた。
それから、グラスを静かに置いて、
「まだ、ちょっと酸味がありますけれど、でも、バランスは素晴らしいですね」
と言った。
ソムリエさん、自分のグラスにアリゴテを注ぎ、慌てて、テイストした。
「あ、本当ですね。酸味が感じられる。こうじゃなかったのに」
「いや、個体差もあるし、抜栓したばかりだし、ちょっと置いたら、きっとこの程度の酸味は消えます」
「すいません。それは、当店からの一杯とさせてください」
「いえいえ、何を言うんですか、こんなに美味しいアリゴテを東京で呑めるんだから、それに、実はぼく、禁酒中なので、これで十分なんです」
「は?」
禁酒の意味が分からない、という顔をされたので、ぼくは一人、かっこつけて、(・∀・)ニヤニヤっと笑ってごまかしたのであった。あ、ぼくじゃない、つじつねひさ。
「お食事は?」
「じゃあ、シェフの得意なパスタを一つ、出来るだけシンプルなやつ」
ここで、シェフが登場し、一通り、説明をされた。
「お客様、では、カチョ・エ・ペペなどいかがでしょうか?」
父ちゃんこと、つじつねひさは、指パッチンをやり、いいね、と返事した。
かくして、胡椒とチーズのローマ名物パスタ、カチョ・エ・ペペを食した父ちゃんだった。
大満足。
ぐらっちぇみーれ。
つづく。
今日も読んでくれてありがとうございます。
なんと、アンケートで98%の読者の皆さんからの信任を得た途端、ワインに手を付けた不埒なつじつねひさ。☜父ちゃんじゃないものねー。
はい、ということで、本当に一杯だけ呑んで退散をしました。でも、フルコース1万五千円の店で、サクッと食べてサクッと退散できるこのいぶし銀の中年、魅力的ですね~。あはは。☜ 嫌なやつ!!!
さて、8月の13日、次の日曜日に開催されます、父ちゃんのオンライン小説教室、今年最後になりますが、ぜひ、ご参加ください。詳しくは下の地球カレッジのバナーをクリックしてみるとわかります。
それから、8月10日まで父ちゃん監督作「中洲のこども」ロングラン上映中です。
8月24日は、福岡国際会議場メインホールで、父ちゃんの日本追加公演が開催されますので、皆さん、遊びに来てください。
9月16日には、NHK・BSの「パリごはん、SP」が放映されます。
そして、10月23日、いよいよ、ロンドン、ケンブリッジ劇場でライブなんです。禁酒で頑張りたいと思います!
伊勢丹アートギャラリーでの初個展は来年、2月末です。てんこ盛りですねー。熱血。
適度のアルコールが健康にはいいって、主治医が言ってたもん。
辻󠄀仁成 アコースティック セレナーデ フロム パリ 2023
8/24(木)福岡国際会議場メインホール・チケット発売中です。
☟☟☟
https://w.pia.jp/t/tsujihitonari-k/