JINSEI STORIES
滞仏日記「あの謎の紳士と父ちゃん、日英の熱血が一万キロの虹をかける日は来るのか」 Posted on 2023/06/23 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、ちょっとあの話はどうなったのか、という声が聞こえてくる。
あの話、とは、「あの謎の英国紳士」のことである。
オランピア劇場のライブの翌日、ぼくの目の前に突如現れたその謎の英国紳士はぼくに向かってこともあろうに
「君の音楽はいい。バンドは凄い。英国でライブをやろう」
と言ったのだ。
そして、その紳士はかつて英国でたくさんの映画館や劇場を持っていたエンターテインメントの偉い人だったということが発覚した。
にわかに信じがたい話ではあるけれど、あれから水面下でその謎の紳士とのやりとりが双方のマネージメントを介して続いてきたのである。
一方、オランピア劇場ライブから3週間が過ぎた。
ぼくは期待してがっかりするのが嫌だから、話半分にいつも聞くようにしている。
いくらフランスの歴史的ミュージックホールでライブがうまくいったからといって、英国でもそういう会場でやれるわけはないし、いい気になっていると、はしごを外される可能性もあるので、いつもどんな時にも、ぼくは話半分で聞くようにしているのだ。
もちろん、信じたいけれど、ダメだったら、きっとがっかりするので、自分の焦る心にブレーキをかけているのだ。
ぼくは離婚の後、仕事を控えて、子育てに専念をしてきた。その時、ぼくを支えてくれたのは、音楽、だった。息子が音楽をやりはじめたのも、きっと、二人を繋いだのが、音楽、だったからであろう。息子と音楽で繋がった。だから、音楽、を失いたくなかった。
もちろん、その一方で、英国のロックを聴いて少年時代を過ごしたので、英国のコンサートホールで、英国人に招かれてライブが出来るなら、そんなにすごいことはないわけで、夢のような話である。こういうこと、恥ずかしくもなく書いてもいいのだろうか。
でも、もし、ダメだったら、ぼくは落ち込んでしまう。こんな赤裸々に書いていいのか~。あはは。失うものがないから、いいのだ。
せっかくオランピア劇場でいいライブが出来たのに、ダメだったらこの10年を失うくらいがっかりしてしまうんじゃないだろうか。
ダメだったら、ほらね、やっぱり、そんなミラクルが続くわけがないんだ、と自分に言えば終わることかもね・・・。
実際、謎の紳士からの連絡が不意にぷっつりと消えたこともあった。先週も、途絶えた。
「どうなったんだろう、ほら、あの話」
ぼくはスタッフさんたちに、おそるおそる聞くのだけれど、みんな肩を竦めるばかりだった。
その間に、日本で奇跡がおきた。多くの人が父ちゃんのライブに足を向けてくれることになり、福岡の国際会議場メインホールでの追加ライブがもの凄い勢いで決まった。
88歳の母さんに聞かせてあげられる~、と思って有頂天になった。
ここで、ロンドンも決まれば、もっと盛り上がるのに、と欲深い父ちゃんは思うのだった。実に、かっこわるい話だが、その謎の紳士がいい会場を見つけてくれることを祈っている・・・。笑。えへへ。
めっちゃ、かっこ悪いことに、そわそわ、している。うわ、赤裸々な告白であーる。
だって、ロンドンでやってみたいじゃないか。やりたいよ、ロンドンで!!!!
ちょっと大げさに書いているけれど、頭の中は、パリのオランピアから始まり、日本で4公演やって、最後にロンドンで締めくくれたら、え? これって、ワールドツアーじゃん。
もう一度、言いますね。
「ワールド・ツアーじゃああああああ~ん。最高の2023年になるんじゃないのー」
ああ、なんて、ぼくはなんて欲深いのであろう。
欲深いぞ、父ちゃーん。
でも、正直でよい。
夢だから、かなえてほしい。正直だぁ~。
その勢いで、メンバーには喋ってしまったのだ。
謎の英国紳士について書かれたウイキペディアをメッセージに張り付けて、送った。
ほら、この人がぼくらを英国に招聘してくれるかもしれないんだ、とみんなに送った。恥ずかしくて、すぐに削除したけれど・・・。
すると、ジョルジュから電話がかかって来た。
「凄い話だね。いいねー。最高だ」
「だろ、でも、まだわからないんだ」
「自分を信じなさい。ムッシュ・ツジー、あなたはいいライブをやれる。ぼくは実現すると思うよ。ぼくはどこまでもサポートさせてもらうよ」
そういえば、紳士はジョルジュのドラムを絶賛していた。
「ああ、決まるといいな」
ところが、先日、その謎の紳士がぼくのためにおさえていた劇場が他のアーティストの追加公演でとられてしまったのだった。
そういう、ちょっとした連絡にぼくは「ハラハラ、ドキドキ」しているのである。
わかります???
でも、謎の紳士は、諦めていなかった。
今日、彼はぼくに新しい劇場を提案してきた。
「君のバンドのメンバーに、スケジュールの確認をお願いしたい!」
もうダメだな、期待するのはやめよう、と思って落ち込んでいたぼくは、謎の紳士の新たな提案に三度背中をおされて、立ち上がろうとしているのであった。
立ち上がれ、父ちゃんー。
そうだ、ぼくには熱血があった。
ウイキペディアによると、その紳士は80歳を超えている。どっちかというと、ぼくの母さんに近い年齢なのである。
その人がぼくのために毎日、劇場と交渉をしてくれているのである。この情熱、すごくないですか?
なんで!?
なんで、こんなぼくのために頑張ってくれるのだろう。
ぼくのライブを観るまで、ぼくのこと知らなかったのでしょ?なんでだ!
分からないけれど、ぼくはロンドンに行き、最高のパフォーマンスをやってみせたい。
欲深いぼくは日本公演を大成功させて、その足で、ロンドンに乗り込みたいのであーる。
さて、ぼくとその謎の紳士の日英の熱血はロンドンを燃え上がらせることが出来るのだろうか。
ロンドン・バーニング~!
ああ、これしかないのだ。
さあ、皆さん、父ちゃんのために、ご一緒に!
「熱血~」
人生はつづく。
今日も読んでくれてありがとうございます。
ふー、深呼吸なのです。さて、そういうことで、ロンドン公演に関しては、まだまだ、どうなるか分かりませんが、福岡での追加公演は決定し、最速先行、始まっています。
辻󠄀仁成 アコースティック セレナーデ フロム パリ 2023
8/24(木)福岡国際会議場メインホール
一般発売日:7/22(土)
【オフィシャル最速先行】は、すでに受け付けております!!!!!
6/22(木)18:00~7/02(日)23:59(抽選)チケットぴあ。
☟☟☟
https://w.pia.jp/t/tsujihitonari-k/
そして、7月16日に、エッセイ教室があります、課題もあります。貪欲に学びたいと思っている皆さん、チャレンジしてみてください。今回の課題は「変わった友だち」、字数は、1500字以内とします。詳しくは下の地球カレッジのバナーをクリックしてみてくださいね。
めるしーぼく。