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滞仏日記「父の日なのに、大変な一日となった。すると、そこに老けた天使現る」 Posted on 2023/06/19 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、今日は、嫌な予感はあったが、それが的中し、ごめんなさいと謝り&超大変な父ちゃんであった。
サンジェルマン・デ・プレ界隈オンライン・ツアーだったが、始まったと同時に、回線が途切れてしまったのだ。
必死に再起動をかけて、やり直すのだが、なぜか、すぐに映像が止まった。
5分とかなら、ままあることだけれど、30分以上、サンジェルマン・デ・プレの炎天下の中、ぼくらは回線が復旧するのを立って待つことに・・・。
原因のわからないぼくはどうすることも出来ない。
問題はフランス側ではなく、どうも日本のサーバーのようであった。
なんと復旧するまでに3~40分ほどがかかってしまったのだ。
そして、それだけじゃなかった。
不意に再開したので、お知らせが皆さんに行き届いていなかった。
いつ始まったのかわからず、そこを見逃した皆さんから、当然、不満が・・・。
一方、何も知らない、知らされていない父ちゃん、カメラの前で、挽回しようと、必死で笑顔に・・・。
カメラが広場で路上ギタリストを撮影し始めた時、スタッフがやってきて、「不意に始まり、チャットが荒れています、謝ってください」と紙切れを手渡された。
え? 何がおこっているの??
何をどう謝っていいのか、わかるわけもないのだった。
そこは、オデオンの静かな路地だった。

滞仏日記「父の日なのに、大変な一日となった。すると、そこに老けた天使現る」

※ 必死で笑ってごまかしている、父ちゃん・・・。

滞仏日記「父の日なのに、大変な一日となった。すると、そこに老けた天使現る」



ぼくは、こちらの対応の悪さで不愉快な思いをされている人がいる、とわかって、カメラの前に立ち、謝ったのだった。
でも、原因もわからないし、どう謝っていいのかもわからない。
電波の不具合が起きたのに、きちんと対応できなかったのだな、と察しがついたので、冷静になり、言葉を探したのだった。
こういう時は、焦ると事故が起こる。
スタッフが怪我をしてはもっと最悪になる。
チャットを見ることできないので、皆さんの不満が分からない。
日本のスタッフが誰もフォローをしてないのに違いない、と思った。(実際、出来ていなかったのだ。チャットでその都度きちんと説明していればよかったのだ)
しかし、もう遅い。謝ってください、という紙が手渡された。あああ。
こういう時、どうやって、この流れを変えたらいいのだろう、とまず思った。
回線が復旧しなかったあの時間、ぼくは炎天下で考えた。どうやって、挽回しよう、と。
今、間違いなく、自分は崖っぷちにいるんだな、と思った。
その時、ぼくは、観ている人の立場にならないといけない、と思った。まずは、自分の言葉で謝ろう。
そして、「じゃあ、ここからもう一度、頭からもう一度、やり直しましょう、ここから90分のツアーをやります」と宣言したのだった。
もう一度やり直すしかない・・・。
ここは誰かのせいにしてもはじまらない。回線のことや、電波のことはぼくにはわからない。
でも、皆さんの心が穏やかになるためには、ぼくが頑張って、笑顔になって、それ以上に、穏やかにならないといけない。
ぼくが元気であることが大事だ、と思ったのだ。
様々なトラブルを乗り越えて、最後に、皆さんに納得してもらえるようなものが出来たら、ぼくもハッピーになる。ひとなり、いくぞ、と思ったのであった。
ぼくはその瞬間、自分の時間をスタートの時間に戻したのだった。一時間、巻きなおしたのである。

滞仏日記「父の日なのに、大変な一日となった。すると、そこに老けた天使現る」

滞仏日記「父の日なのに、大変な一日となった。すると、そこに老けた天使現る」

※ 炎天下で、ずっと復旧を待つ小田光とマコちゃん。マコちゃんはユバーイーツの人にしか見えない。



実は、今日歩くコースの途中におなじみパリのうどん屋、国虎屋の呑もちゃんこと、野本さんの家があった。
ぼくは、配信が始まる前に、ほんの思い付きで、呑もちゃん家の傍を通るからいつものカフェでお茶でも飲んどいてよ、とメッセージをいれといたのだ。
大変なことがあり、そのことは忘れていたのだけれど、野本は珍しく覚えていた。あはは。
野本の背中が見えた時、
「あ、おる」
と思った。
そして、呑もちゃんこと野本さん、不意の出演となった。
「一緒に歩いてくれるか」
「え、ああ、ええよ」
ということで、そこから呑もちゃんが参加したのだ。
なんとなく、一緒に歩いてもらった方が、いいんじゃないかな、というとっさの判断だった。
スタッフもまだ揉めているようだし、東京サイドは責任を感じているかもしれない。
ここから挽回するのに、天使の力を借りようと思ったのだった。これは確かにいい風をふかせた。在パリ40年近いこの男には不思議なオーラがあった。
ぼくらは彼の街を一緒に歩いた。
「パパ!」
すると、どこからともなく、声がした。振り返ると、野本の娘のカノンだった。
「おお、カノン!」
ぼくはカノンとハイタッチをした。いい娘さんなのだ。
「父の日、おめでとう!!!」
カノンがぼくらに向けてそう叫んだ。ああ、今日は父の日だったのか。知らなかった。
「なんかちょうだい」
呑もちゃんがカノンに手を差し出した。
「うん、ここで飲んでるから、あとで払っといて」
「なんでやねん」
いい風だった。カノンの友達のエマが出て来て野本と抱き合った。いい絵だ。
和んだ。流れを変えよう。
修羅場を通り越し、ぼくはやっと口元に笑みが生まれていた。
ここから、もう一度やり直そう、と思った。そうだ。人生はまだ挽回できる。
まだ、終わったわけじゃない。
ここから、どんどん、歩けばいいんだ。楽しんで歩いて行こう。

滞仏日記「父の日なのに、大変な一日となった。すると、そこに老けた天使現る」



実は、予定のコースがあった。
そのコースなんか、もうどうでもいい、と思った。
オデオン地区をくねくねと歩き、セーヌ川に出た。
セーヌ川の岸辺に降りて、遊覧船の人たちに手を振った。
在パリ20年のぼくと在パリ40年の野本がこのパリについて語る不思議なツアーになった。
夏を感じるパリの爽やかな風が流れていた。
予定外の場所で、予定外の景色を眺めた。天気予報では雨だったのに、快晴だった。
これは素晴らしいオンライン・ツアーになったな、と思った。いつも酔っ払いの呑もちゃんだったが、不意に、天使に見えたのだ。
今日は最初からトラブルの連続で、君がこのツアーを救ってくれた、みたいなことをぼくが歩きながら告げると、呑もちゃんが面白いことを口にしたのだ。
「トラブルってのはね、人生のチャンスなんだよ」
くー、泣きそうだった。
ぼくらはその後も歩き続け、時間を延長して、最後に、予定していなかったノートルダム大聖堂の前で、番組を終えることになった。
左岸から右岸へ、それからシテ島に入り、最後はノートルダム大聖堂の前にいた。
この時、野本が、カメラ(視聴者の皆さん)に向けて、頭を下げたのだった。ぼくにかわって謝ってくれたのだった。
慌てて制止したが、彼は、友人のぼくを思ってくれていた。

滞仏日記「父の日なのに、大変な一日となった。すると、そこに老けた天使現る」



人生はつづく。

今日も読んでくれてありがとうございます。
今、自宅兼事務所に戻り、この日記を書いているのですが、長い一日でした。野本しゃんが天使に見えた一日でした。そして、オンライン・ツアーに参加してくださった皆さん、いろいろ、ごめんなさい。でも、楽しんでもらえましたか? アーカイブの視聴日数を増やしますので、お友達や家族の皆さんと、もう一度、お楽しみください。ぼくが焦っている顔のところは、ぜひ、大笑いで!
ちょっと、落ち着くために、ふー、いったん、筆をおきますね。

滞仏日記「父の日なのに、大変な一日となった。すると、そこに老けた天使現る」

あはは。
これは、ツアーがはじまる5分前の自撮り。このあと、こんな大変なことがおこるとは・・・、愚か者め。
無邪気過ぎるひとなりなのであーる。



自分流×帝京大学