JINSEI STORIES
滞仏日記「おっさんずラブなメンズ4人がカフェで陣取り、5時間居座る」 Posted on 2023/06/12 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、またまた、パリのおっさんたちが市内老舗カフェに集い、おっさんずラブの会を開催したのだった。
メンバーは、おなじみうどん屋主人の野本(呑もちゃん)、父ちゃんバンドのローディ頭のマコちゃん、そして一本線野郎のやなさん(JapanStoriesデザイナー)に、父ちゃんという布陣であった。
男が四人集まっていったい何を話すことがあるのか、という疑問はごもっともである。
約束の時間にいくと、ギャルソンさんが、
「日本人のおっさん、奥に、おるで」
と教えてくれた。みんなテラス席で心地よく飲んでいる快晴のパリなのに、日本人のおっさんはやっぱ煙たがられるのかホールの中心のシャンデリアの下に座らされていた。
深々としたハットをかぶり、白髭面の野本が、でーんとソファに座っていた。
まもなく、メンバーが順次揃った。
とりあえず、ワインのボトルを一本あけて、ハムとかチーズをとって、摘まみながら吞んだのであった。
皆さんの疑問は、それなりの年齢の男性四人がパリのカフェのど真ん中のソファー席に陣取って何について話すことがあるのか、ということだろう。
6時半くらいから10時半まで食事もしないでカフェを占拠した4人は、ひたすらワインを飲んで、腕組みをして向かい合ったのだった。
で、音頭をとったのは最年長の野本なのだけど、ご存じのように言語が意味不明な人なので、何度か、意味が分かりません、という意見が飛んだりした。
「あー、そやから、あれや、ほれ」
が5時間って、ちょっときつかったが、これが慣れてくると、だんだん、意味を追いかけることが無意味になってくる。
超高学歴で最年少のやなさんは、ひたすら飲んで、頷いていた。
マコちゃんは別次元で生きている人なので、ふわふわしていた。
父ちゃんは、話題を探していた。
「あ、そういえば、ロンドンでライブが出来そうなんだ」
となんとなく共通の話題をみつけたので、ふってみた。
すると、ほーか、と呑もちゃんが笑顔になった。それは凄いな。
マコちゃんが、来ましたね、やったー、と喜んだ。
そこからみんなでツアーを組んで英国に行こう、とか、英国のライブ会場についての見識だとか、野本が20歳くらいの頃にロンドンに住んでいて、ジャズクラブに毎晩通っていた武勇伝などが披露され、なんとなく、会話らしくなってきた。
そういうどうでもいい会話が2時間くらい続いた時、なぜ、その話題になったのか、わからなかったのだけれど、誰かが、
「宇多田ヒカルが」
と言った。
※ 左、おなじみ、のもちゃん。右は、おなじみ、マコちゃん。
なんかの話から脱線して、宇多田さんの話題になったのだと思うが、
「あ、うちの店に来てくれたことがあって、ぼくは、ほら、知らん世代やけど、若い子が大騒ぎになったんや」
と野本が言い出した。
マコちゃんが、
「CD全部持っています」
と不意に告白をはじめ、50台半ばのおやじにも愛される宇多田ヒカル、すげーということになったら、
「ぼくは横浜アリーナに行ったことがあるんです。同世代だから」
と一本線野郎のやなさんが自慢して、全員が、父ちゃんの次の参加を待った。
宇多田ヒカル、・・・。
「辻さんは、宇多田ヒカルさんをどう思いますか?」
とマコちゃんに訊かれて、ぼくはとあることを思い出した。
「ぼくは、小学生の頃の彼女を知っているんだ」
この思わぬ発言が、一同を凍り付かせたのだった。ワインはすでに4本目であった。
「えええ、どういうことですか」
とやなさんが言った。
「実は35歳くらいの時、宇多田さんのご両親が経営する低層マンションに住んでいた。ぼくの仕事部屋から通学途中の宇多田ヒカルさんがよく見えた。ランドセルをしょっていたんだ」
ぎょえええええええええ、と唸り声があがる、おっさんずラブなメンバー。
そこかよ、大の大人が、パリの一等地のカフェのソファ席で、ぎょええええ、する理由が、ランドセルかよ、と思ったのだけど、そういう思い出話をしても、つまらないので、その話は、そこで終わりになり、そこから1時間くらい、それぞれ、の頭の中で宇多田ヒカルさんが明滅を繰り返したのだった。
で、雷雨になりカフェから出られなくなったので、もう一本ワインを注文し、雨が止むのを静かに待ったのだけど、おっさんたちの頭の中に、宇多田ヒカルさんの音楽が反響しているはずなのだった。
ヒカルさん、おじさんたちが妄想してごめんなさい。
遠い空からみんなで応援しています。
「じゃあ、わし、帰る」
と呑もちゃんが、珍しく言い出し、ぼくも三四郎を家にのこしてきたので、帰ることになった。
三々五々、おっさんずラブたちは無駄な5時間を過ごして、分かれた。
ぼくとしては、オランピア劇場ライブを成功へと導いてくれたこの3人への感謝の祝宴のつもりだったが、雷雨のせいで、寂しい幕閉めとなった。あはは。
おじさんは寂しい生き物なのであーる。
通り雨のような雷雨がさり、石畳の路面がぬれて、心地よい夏のパリだった。
つづく。
今日も読んでくれてありがとうございます。
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