JINSEI STORIES

滞仏日記「久しぶりに禁酒解禁!妻に、あなたはやった、と褒められたのだ」 Posted on 2023/06/11 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、ながらく、願掛けもあって、禁酒をやっていた父ちゃんだったが、ライブも成功し、もはや解禁となったアルコホーール!!!
今日は土曜日なのに誰にもお誘い頂けなかったので、大事に飲んでいたレユニオン島の最高級ラムを棚から取り出し、封印から解放してやったのだった。☜ なんのこっちゃ。
つまり、つまりだ。
昼間っから度数43度のラムを浴びた、のであーる。
氷とかで割らないで、「き」でいったったー。そのまま、ぐいぐい。
う、う、やばい。これだ。大仕事が終わって、最高の一杯!!!
これはまことに、うまい酒であった。
空腹だとよくないので、途中で、冷やしぶっかけうどんを作り、それをあてにした。
とろろ、しらす、みょうが、だいこん、紫蘇、天かす、などがふんだんに入っている。
ラムと冷やしうどんのミスマッチ感がたまりまセーヌ川。
ラムをぐいと飲んだら、ずるずるーっと冷やしぶっかけうどんをススるのであーるぬーぼー。
くー、これはたまらナイアガラ、とダジャレが続く・・・。
2月から禁酒が始まり、3月、4月、5月、とぼくの人生暗かった。
そして、ジューンブライド、とうとう、解禁になったのであーる。
酔った。ふー、ハートが熱い、・・・。
「あなた」
おお、聞いたことのある声!!!
ま、幻の妻、ひさしぶりだぁ~。
酔いつぶれる手前で、いつもの声が聞こえてきた。
ぼくは酔眼であたりを必死に見回した。

滞仏日記「久しぶりに禁酒解禁!妻に、あなたはやった、と褒められたのだ」



滞仏日記「久しぶりに禁酒解禁!妻に、あなたはやった、と褒められたのだ」

小太りで、目尻にちょっと小じわとシミのある、かわいい妻がいた。
「お前か、ひさしぶりだな」
すでに、号泣しつつある父ちゃんであった。
「あなた、おめでとうございます。大成功でしたね、オランピア」
「おお、お前か、そうか、お前がいた。ありがと~」
※大げさに書いているだけで、気は確かですから、あまり深刻に受け止めないでください。芸風です。
「あなた、今日は大目に見てあげます。ラム、私もいいですか?」
「ああ、そうだった。すまん。お前もだな、忘れていた」
ぼくは戸棚から小さなグラス、今回はクリスタルのグラスを取り出し、愛する妻に差し出したのだった。
お酌をする手が震える。
幸せだぁ~。誰にも邪魔されない幸福な時間であーる。
「あなた、長い戦いでしたね。でも、大盛況でした。ほれぼれしました」
「おお、そうか、そうか、そうかせんべい」
「やるとは思っていましたが、その年で見事にやり遂げましたね。もう、思い残すことはありませんね」
「待て待て、まだ、死ぬわけにはいかぬのだ」
「でも、やり遂げられたんです。あなたはやったのよ。もっと、自慢してください。あなたはやったんだから。時には、ふんぞり返ってください」
「いや、いや、ありがと。でも、まだ、人生は長い、これからだ。一つの山には登ることが出来たので、これを励みに、もう一つ、登ってみたい」
「まぁ、あなたったら、いつものごとく、欲深いのね。でも、あなたらしい」
「ちょっと会わないうちに、お前、ずいぶんとおしゃべりになったんじゃないか?」
「何を言っているの、わたし、ずっと陰からあなたを応援していたのよ。久しぶりに会えて、熱血がほとばしっているのよ。嬉しいんですよ、だから饒舌になるのも当たり前でしょ? 自分のことのように嬉しいから、想いがほとばしるんです」
ぼくは、泣きそうになって、ラムに口をつけ、頷きながら、ぐいぐい、と飲み干したのであった。くー、痺れる。
「いいのよ、今日はどんどん飲んでください。たまには、わたしを相手に、飲んでください」
いつも、飲み友だちの国虎屋の野本とばっかりだから、妻との飲みは新鮮であった。

滞仏日記「久しぶりに禁酒解禁!妻に、あなたはやった、と褒められたのだ」



「あ、息子がライブの翌々日に大学に合格したんだ。受け直したんだよ。いい大学なんだ。自分で考えて進路を大きく変えたんだ。それもあって、ここ最近は、大変だった」
「前から分かっていたの? 大学を受け直すこと」
「20年近く親をやっているのだから、あいつが考えていることくらい薄々わかる。でも、受からないと思っていた」
「何か、大学が変わることで彼の人生に変化があるの?」
「ああ、自分で自分の将来を切り開いていく大きな一歩になった。大きな変化だ」
「・・・素晴らしい」
「うん。簡単じゃないが、彼は自分で判断をし、申し込んで、受験し、受かった。自主性が大事だ、それは素晴らしいことだ」
「ええ、あなたの子だから、きっと大丈夫ですよ」
ぼくはグラスにラムを注ぎ、飲み干した。夫婦らしいやり取りが嬉しかった。
こういう会話に飢えていたのであーる。
クラクラする。
そろそろ、お別れの時間のようだ。
ぼくの目の前で小太りの優しい笑顔の妻が薄れていった。
「俺を裏切らないでくれ」
ぼくは彼女が完全に消える前に、そう告げた。
驚くほど、大きな声で、そう告げたのだった。自分の声に、びっくりした。すると、
「ええ、ずっといるわよ。夢も子育ても頑張っているあなたが、・・・酔った時には」
と戻って来た・・・。
最後の言葉で再び涙が溢れてしまった。
幻の妻よ、ありがとう。
ちょっと、ベッドで横になろうかな・・・。
熱血は、おやすみ、です。

滞仏日記「久しぶりに禁酒解禁!妻に、あなたはやった、と褒められたのだ」



人生はつづく。

今日も読んでくれてありがとうございます。
フランスは快晴なんですが、ちょっと昼寝をします。じわじわと体調が戻ってきました。日本公演に向けて、禁酒が再びはじまるまで、ちょっとだけ、酔っぱらった、父ちゃんなのでした。はい。さて、今日、6月11日で締め切りになりますよ。

「辻󠄀仁成 アコースティック セレナーデ フロム パリ 2023」
Tsuji Acoustic Serenade From Paris 2023
出演アーティスト:
辻仁成(Vo・Ag)/Dr.kyOn(Piano・Chorus)/ユン ファソン(Flugelhorn・Trumpet・Chorus)
各会場:
8/29(火)愛知・名古屋DIAMOND HALL
open18:00/19:00
8/30(水)東京・EX THEATER ROPPONGI
open18:00/19:00
9/3(日)京都・京都劇場
open17:30/18:00
さて、デザインストーリーズから、一般発売に先立ち、オフィシャル最速先行、のお知らせを行いします。特別に、「ぴあ」内に、このミニツアーの先行窓口が6月11日まで設置されています。
チケット購入を希望される皆さんは、下のURLをクリックお願いいたします。

https://w.pia.jp/t/tsujihitonari-k/

最速先行発売期間、5/30(火)09:00~6/11(日)23:59/日本時間

※ 6月18日の地球カレッジは、サンジェルマン・デ・プレ界隈を散策するオンライン・ツアーです。詳しくは下の地球カレッジのバナーをクリックしてください。

地球カレッジ

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