JINSEI STORIES
滞仏日記「薔薇が咲いた、真っ赤な薔薇が、寂しかったぼくの庭に薔薇が咲いた」 Posted on 2023/06/08 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、ということでノルマンディのアパルトマンが入った建物のエントランスに綺麗な薔薇が咲いたのだった。
三四郎が、じっと見上げていた。首を傾げている。
この子は、何かわからないものに出くわすと、小首を傾げて、なんだろう、という顔をするから、かわいい。
薔薇が気になるようだった。
「薔薇の花だよ」
と教えてあげた。
大きな薔薇で、まだ、つぼみもいくつかあった。いい季節である。
そのまま海まで行き、小一時間、三四郎と戯れることにした。
朝9時に近くの「犬カフェ」でチャールズの家族たちと朝ごはんをする約束になっていた。
時間から、20分遅れで、まず、息子のオスカーがやって来た。
最近、ぼくに懐いている少年である。
「あれ、一人かい?」
「パパが来るよ」
少年はぼくの横に座った。勝手にホットチョコレートを注文していた。
学校はどう? お姉ちゃんは?
いろいろと質問攻めにしていると、そこにチャールズが現れたぁ!!!!!!
おっと、そうきたか~!!!!
びっくりぽん、なのだった。
ぼくのオランピア劇場ライブに奥さんのミハーが友人らとやって来て、たぶん、帰りに買って帰ったのに違いない。
ノルマンディでこのTシャツを持っているのは彼だけだ。凄いね。
「気に入ってる。なんか、この日本の文字がお洒落だからね」
「でも、小さいね、君の体躯には」
「オスカーのだったけれど、かっこいいからぼくが着てる」
「パパ、かえしてよ」
「あはは」
さらに遅れて奥さんのミハーがやって来て、ぼくらはバゲットを注文した。朝食バゲットのことを、フランス語で「タルティーヌ」という。
カットしたバゲットにバターとジャムがついてくる。
だいたい、クロワッサン派(パンオーショコラも加わる)とタルティーヌ派とにわかれる。ぼくは基本、朝は食べない。
で、フランス人はバゲットを朝、一人一本の半分くらい食べるのだから、驚く。
シェフのチャールズが全員のバゲットにバターを塗り、その上にジャムを塗った。
「フレンチスタイルだね」
「ああ、このバターをまんべんなく塗ることが出来て一人前のフランス人になる」
「マジか」
「ついでに、ジャムも、こんな風に」
普通に塗っているようにしか見えないが、チャールズは鼻歌を歌っていた。
なんか、このバターを塗るだけなのに、イイ感じだ。
「へー、かっこいいね」
「だろ。フレンチスタイルの朝はここからはじまるんだ」
で、どうやって食べるかというと、このバターとジャムのついたバゲットを折りたたんで、つまり、サンドにして、湯気立つカフェオレにどっぷりと浸してから、ガブッと食べるのであーる。
味噌汁を白ご飯にぶっかけて口に放り込んでいるのと、そんなに変わらないので、ぼくはこの光景を見る度、微笑んでしまう。
「ツジー、何がおかしい?」
「あ、いや、豪快だな、と思って」
「ああ、フランス人は朝ごはんをしっかり食べるんだ」
この時、11時少し前であった。
昼ごはんも食べ、三時のおやつもあって、夕飯もあるのだから、ふー、太るね。
お店のマダム、サンドリンヌもやってきて、同じようにタルティーヌをカフェオレに浸して頬張っていた。
しかも、彼女は同じ量を追加していたので、朝からバゲット一本は完食!!!
この食欲、さすがだ。
ミハーがオランピア劇場ライブの感想をああだこうだと言い出した。
「ヒトは、妖精みたいだったよ」
一同、爆笑。ミハーは、ヒト、とぼくのことを呼ぶ。
「妖精か、見たかったな。普段、かなりヤツレタおじさんなのに。ステージにあがると、変わるのがさすがプロだね」
相変わらず、口の悪いチャールズであった。誉め言葉じゃないね??? 笑。
「あ、チャールズもテレビに出ると変わるのよ。みる?」
「みるみる」
ミハーがチャールズが国営テレビのドキュメンタリー番組に出た時の録画を見せてくれた。
えええ、ちゃんとした料理人みたいな恰好で取材を受けているじゃないか。笑える。
「チャールズ、すごいな」
「あはは、妖精に見えるかい?」
「見えなーい」とオスカーが言った。
でも、ミシュランの星を持っているこの地域では名のあるシェフなのだった。
凄く尊敬しているシェフなのであーる。
そんなシェフにぼくのTシャツを着て、宣伝してもらえるのだから、有難い。
ぼくらは大笑いし、店にいたお客さんたちも巻き込んで、みんなでチャールズのドキュメンタリー番組を見たのだった。
ここには長閑な時間が流れていた。
ぼくはいつまでこの浜辺の村で生きるのだろう。
ミハーの腕の中で三四郎が幸福そうにしていた。お子さんたちが手を伸ばし、その手をペロペロと舐めだした。
三四郎とぼくの未来、・・・ぼくは微笑んで見守ることにした。
人生はつづく。
今日も読んでくれてありがとうございます。
2,3日、田舎で体調が戻るのを待ってから、パリに戻ります。半年間、オランピア劇場に向けて集中していたので、今、身体も心もちょっとぼろぼろなんです。でも、導眠剤を飲まなくても毎晩ぐっすり眠れるようになりました。人生の、緊張と弛緩、大事ですね。
さて、日本公演のお知らせです。6月11日まで先行予約受付中です。
「辻󠄀仁成 アコースティック セレナーデ フロム パリ 2023」
Tsuji Acoustic Serenade From Paris 2023
出演アーティスト:
辻仁成(Vo・Ag)/Dr.kyOn(Piano・Chorus)/ユン ファソン(Flugelhorn・Trumpet・Chorus)
各会場:
8/29(火)愛知・名古屋DIAMOND HALL
open18:00/19:00
8/30(水)東京・EX THEATER ROPPONGI
open18:00/19:00
9/3(日)京都・京都劇場
open17:30/18:00
さて、デザインストーリーズから、一般発売に先立ち、オフィシャル最速先行、のお知らせを行いします。特別に、「ぴあ」内に、このミニツアーの先行窓口が6月11日まで設置されています。
チケット購入を希望される皆さんは、下のURLをクリックお願いいたします。
https://w.pia.jp/t/tsujihitonari-k/
最速先行発売期間、5/30(火)09:00~6/11(日)23:59/日本時間
※ 6月18日の地球カレッジは、サンジェルマン・デ・プレ界隈を散策するオンライン・ツアーです。詳しくは上の地球カレッジのバナーをクリックしてください。