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滞仏日記「知り合いがみんな離婚し、馴染みの店が次々閉店し、パリごはんの古巣は大殺界!」 Posted on 2023/05/23 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、今日、前のカルチエ(我が町内みたいな)にパンを買いに立ち寄ったら、ともかく、暗いのである。
知り合いのカフェのオーナー、リコとばったり会ったので、
「どうしたの? なんかこの町、様子が変だけれど」
と訊いたら、
「君がここを去った後、世界が変わった、実に変わったんだ、悪い方に」
というではないか、ぼくのせいか!!!
この日記でも、書いてきた。
あのコロナ禍大流行期の2020年、三度のロックダウンを共に戦って、生き抜いた街の住人たちだったが、その後、大激変の人生をみんな迎えたようだ。
リコから詳しく教えてもらった。
他人のことなので、それ以上のことは聞かなかったけれど、ぼくが知っているだけでも4組もの顔見知りのご夫婦が離婚をしたのだという。
あのカップルも、あの夫婦も、あの恋人たちも・・・。なんで???
「なんで? ほんとうに? でも、どうして?」
「さぁ、離婚に理由なんかないでしょ。いろいろと耐えられなくなったんだよ。夫婦にしかわからないことだから、別々で生きた方が幸せだと思ったからでしょ。ぼくの想像だけれど、理由なんてきっと本人にも分らないし、他人が知る必要もない」
コロナ禍を乗り越えたのに、宮本亞門さんが来仏されたときにお連れしたことのあるメディの人気レストランも閉店、息子が大好きだったメイライの中華屋も閉まり、三四郎が毎朝クッキーを貰いに通っていたブリューノともじゃ男のカフェも閉店、パリごはんに出演して貰っていたロジェの肉屋はオーナーが変わり、他にもいくつか閉店していた。

滞仏日記「知り合いがみんな離婚し、馴染みの店が次々閉店し、パリごはんの古巣は大殺界!」



「コロナ禍の時期は、一緒に頑張るしかなかった。テレワークになったり、人生に疲れたり、わからないけれど、いろいろとあったんじゃないか? みんな、あの時期、ずっと一緒にいたしね。でも、また日常が戻って来て、気が抜けたのかもしれない」
いや、お世話になった自分の古巣の人たちをぼくの日記の中だけの想い出にしたくないので、ぼくは彼らをぼくのライブに呼ぼうと思って立ち寄ったのだけれど、でも、離婚した夫婦で仲良く観に来ることなんか、出来ないか・・・。
ニコラとマノンのご両親も離婚をし、実はもう、それぞれ新しいパートナーがいて、新しい家族がいるのである。ニコラたちはそこを行き来している・・・。
リコと別れて、パン屋に立ち寄った。
スタジオにケーキとかパンを差し入れしようと思ったのだ、・・・。仲良しのヴェロニクがいた。
「ええ、そうなのよ。世界がかわった。ある日、ふっと。・・・お客さんも変化したわ」
「ほんとう? でも、なんでだろう?」
「あなたがここを去ったからよ」
「やっぱ、ぼくのせい?」
「冗談よ。たぶん、みんな新天地を探したくなったんじゃない?」
「新天地ね」
たしかに。ぼくはノルマンディで三四郎と新しい世界に移行している・・・。
「ええ、パリから離れる人、離婚する人、仕事を辞めた人、いっぱい。だから、あの頃とお客さんの雰囲気が違うのよ」
パンを買って、停めてある車に向かっていると、ピエールとばったり出くわした。
「おい」
「ああ、辻」
「なんだよ。この町、暗いじゃん」
「ああ、景気も悪いしね、実はおれも、今、大変なんだよ。ちょっと急ぐから、また連絡する」
「おい、そんなに忙しいの? ライブ、来るんだろうな?」
「いや、ちょっと、行くけど、落ち着いたら、また話すよ、いま、大変なんだ。ともかく、娘を迎えに行かないとならない。ライブ、頑張れよ」
肩をぽんぽんと叩かれた。
普段、ふらふらと生きているピエールだったが、本当に大変そうであった。

滞仏日記「知り合いがみんな離婚し、馴染みの店が次々閉店し、パリごはんの古巣は大殺界!」



こういうことが確かにたまに起こる。これまでの世界が一変する、という感じが・・・。
なんとなく、自分だけ安全な場所へ逃げたような罪悪感を覚えた。
交差点に立って、しばらく、懐かしの元我が町を見回したのだった。
マーシャルから情報を得ようと思って、八百屋に顔を出したが、いなかった。
「いないの?」
「今、たぶん、自宅で昼寝じゃないですかね。朝、ランディス(市場)まで野菜を仕入れに行ってましたから」
「彼は元気?」
「元気ですよ、ムッシュのライブに行くって、張り切ってました」
ほっ。よかった。
「アドリアンやカリンヌ、エステルとかジャン・フランソワは、みんな元気?」
鼻にピアスを付けた店番の女店員さんが、ぼくの顔をまじまじと見つめた。
「なんか、あったんすか?」
「いや、世界が違って見えるんだ。ぼくがいた頃と、何もかもが変化している。閉店した店も多いし、離婚も・・・」
「ああ、インフレのせいもあるし、ムッシュ、時代ですよ。時代はかわる、喜びも悲しみも、いろいろとありますからね」
中島みゆきさんのようなことを言うのだった。みゆきさん・・・、お元気ですか。
「マーシャルに必ずライブに来るように、伝えておいてね」
「はい。ムッシュ、あ、時代はかわるけれど、濁った川の流れも時が経てば、また必ず落ち着きますから・・・」

滞仏日記「知り合いがみんな離婚し、馴染みの店が次々閉店し、パリごはんの古巣は大殺界!」



つづく。

今日も読んでくれてありがとうございます。
いろいろとびっくりしましたが、それが時代や世界の正体なんですね。ぼくは楽器を担いで、スタジオへと向かったのでした。自分の日常を守るために。
さて、お知らせです。5月29日、パリ・オランピア劇場のライブが近づいてきました。そして、6月18日は、父ちゃんがガイドするパリ・サンジェルマンデプレ散歩です。詳しくは下の地球カレッジのバナーをクリックしてみてください。ぼくは変わらず、まだここで生きています。

地球カレッジ

※ この写真は、今日、息子がオランピアで別のアーティストのライブに行ったら、パパがいた、と言って、送って来た写真、えへへ。おるね。

滞仏日記「知り合いがみんな離婚し、馴染みの店が次々閉店し、パリごはんの古巣は大殺界!」

辻仁成、オランピア劇場でのソロコンサート、席のご予約はオランピア劇場のサイトから、どうぞ。

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