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滞仏日記「一番の近道は無理をしない遠回りである、とあの月が教えてくれた」 Posted on 2023/04/08 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、ぼくは人生の岐路に立たされている。
いや、もの凄い岐路なのだ。そこで、ずっと悩んでいることがある。
まだ、言えないことだけれど、父ちゃんが父ちゃんであるうえで、重要なことだ。
そういう瞬間というか、タイミングというの、ありませんか?
ぼくは大きな転換点に立たされているのである。音楽のこととかじゃなく、人生全体の話なのである。
そういう場所に今、いる。
落ち着かないから、絵を描いているのだけれど、昨夜はなかなか眠れなかった。
カンバスに向かっていた深夜、ふと見ると、家の中がもの凄く明るくなっていた。
呼ばれているな、と思い、教会側の小窓まで行くと、そこに輝く月があった。
満月ではないが、おおよそ、まんまるな月である。
そして、もの凄く強いお月様であった。
その時、月の啓示がおりてきたのだ。
「一番の近道は、無理をしない遠回りである」
というものであった。
「あゝ!」
ぼくは思わず、のけぞってしまった。

滞仏日記「一番の近道は無理をしない遠回りである、とあの月が教えてくれた」

滞仏日記「一番の近道は無理をしない遠回りである、とあの月が教えてくれた」

滞仏日記「一番の近道は無理をしない遠回りである、とあの月が教えてくれた」



その通りじゃないか。
ぼくは焦っていた。年齢のこともあり、とても生きているあいだに、自分の目標を到達できそうにない、と諦めかけていたのだった。
実際、もうダメかもしれない、ということもいくつかあった。
だから、なんとかガンバって、熱血で乗り切ろうとしていた。
すると、お月様はその逆のことをぼくにサジェスチョンしてきたのである。
「一番の近道は、無理をしない遠回りである」
明け方まで、ぼくはその月を見つめながら、この意味について考え続けた。
つまり、目標を達成したいのであれば、急いで中途半端に物事をやらず、しかし、愉しみながら、余裕をもって、何なら無理をせず、遠回りをしていけば、最終的には、目標に必ず到達することが出来るのだ、という教えであった。
つまり、それが、一番の近道なのだよ、という啓示なのである。
信じられないくらいに明るい部屋の中で、月光をまといながら、いいことを教えて頂いた、とぼくは素直に感謝していた。
つまり、危険で狭くて入り組んでいる道を全速力で飛ばすのではなく、ちょっとくらい遠回りをしてでも、人生を噛みしめながら、楽しんで、しっかりと進め、ということなのだった。

滞仏日記「一番の近道は無理をしない遠回りである、とあの月が教えてくれた」

※ 翌日の朝の写真なのだけど、左側の尖塔の上に、緑色の月が見える? あなたも?



ぼくは仕事場の仮眠用ベッドに横になり、(作家は頭がブロックするたびに、仮眠用ベッドで短く寝る人が多い。ベッドに行くと、本格的に寝てしまうから)少しだけ眠った。
心地よい眠りであった。
ぼくの迷いは、簡単に言ってしまうと、今後の自分の生き方についてであった。
しかし、焦っても、何も生まれないし、進まないのだった。
時間がない、という焦りが、ぼくをいっそう空回りさせているのだった。
月の啓示はそういうくだらない迷いを吹っ飛ばすものであった。
ぼくは真夜中に再びカンバスに向かった。
絵筆を動かしていると、実に、落ち着く・・・。
「一番の近道は、無理をしない遠回りか・・・。確かに、その通りである」

滞仏日記「一番の近道は無理をしない遠回りである、とあの月が教えてくれた」



朝、犬カフェに行くと、男たちが9時からビールを飲んでいた。やれやれ、人が禁酒中だというのに、フランスは朝からこれだ、やになっちゃう。
ぼくはカフェオレを頼んだ。
ビールを飲んで語り合う大男たちを眺めながら、ぼくは昨夜の月の輝きを思い出していた。人生の岐路にある。
その通りだ。
ぼくはここからじっくりと弓を引くことにする。ふふふ。

滞仏日記「一番の近道は無理をしない遠回りである、とあの月が教えてくれた」

つづく。

今日も読んでくれてありがとうございます。
今、父ちゃんは人生の岐路にいるんです。ぼくはいつも、チャレンジャーで生きてきました。でも、還暦を過ぎて、残り時間が見えてきた今、焦りもあるわけです。結果の出ない仕事もあるし、評価の伴わない創作もあります。何が一番の幸せかわからない日々にいるのも事実です。でも、あの月がぼくに寄り添っている。そして、メッセージを貰うことが出来た、というのが、ぼくを楽にさせたのです。いい風に物事を考える天才でいたい。今日も、乗り切って行きたいですね。えいえいおー。
さて、お知らせです。4月16日は、「父ちゃんのカフェ飯教室」を。5月7日は「敷居のめっちゃ低い小説教室」を開催いたします。ご興味ある皆さん、下の地球カレッジのバナーをクリックしてみてください。めるしー。

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自分流×帝京大学