JINSEI STORIES

退屈日記「日々は、自分でいくらでも素敵に出来るものなのだ。日々の正しい過ごし方」 Posted on 2023/04/02 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、三四郎はどんどんずうずうしくなっている。
赤ん坊のころは、可愛げがあったのだけど、今はふてぶてしいというか、いい子だけれど、個性が滲みだしてきた。
ぼくは、普段、田舎にいるときは絵を描くか、料理をするか、歌っているか、三四郎の散歩をしているか、という生活をおくっている。
絵が増えたので、置く場所がなくなってきた。
下の倉庫はもう、ギャラリーみたいになっていて、友だちが買いたいとか言い出して、困っている。
「売らないんだよ。これは仕事じゃないんだ。精神安定剤」
目下の悩みは、描いた油絵を攻撃対象にしている三四郎の存在。
油絵っていうのは、乾くまでに恐ろしいほど時間がかかる。
なので、家の一角に絵を乾かす場所が必要になり、そこに三四郎が入れないよう、柵を張り巡らせている。
絵に突入されると、絵が台無しになるだけじゃなく、油絵具が三四郎の毛に付着し、とれなくなってしまうからだ。
で、三四郎なんだけど、ぼくが絵を描いていると、後ろから忍び寄って来て、
「くーーーん」
と要求する。抱っこしろ、ということだ。
くーーんは、抱っこ。
くーーーーーん、はおしっこ。
くーーーーーーーーーん、はお腹すいたか、おやつ。
くーーーーーーーーーーーーーん、は遊ぼうよ、ということになる。
だんだん、何を言いたいのかわかって来た。ただ、けっして吠えない。
くーーん、が続くと、しょうがないから、抱っこしてあげて、膝の上に抱えて、絵を描いている。ぼく、筆は使わない派なのだ。
クトー(ナイフ)だけで絵を描く人である。
そのクトーが三四郎、気になってしょうがない。じっと睨んでいる。
「ダメだよ、これは、遊び道具じゃないんだ」

退屈日記「日々は、自分でいくらでも素敵に出来るものなのだ。日々の正しい過ごし方」



退屈日記「日々は、自分でいくらでも素敵に出来るものなのだ。日々の正しい過ごし方」

ぼくはスツールに座って絵を描くので、三四郎はのぼって来ることができないから、くーーん、と泣くのである。仕方ないので、抱きかかえてやる。
ぼくの左手の肘のところに自分の頭をあずけて、彼はノルマンディの曇り空を見る。いい時間である。
ぼくは右手でクトーをつかって、かりかり、と絵を描いている。
静かな時間が流れていく。
犬のぬくもり、油絵具の匂い、窓の隙間から漏れる風の音も。今、嵐の時期なので、英仏海峡、めっちゃ波が高いのだ。白波、好きだ。
三四郎は、風が怖いので、夜は、ぼくの寝室のドアの前で、
「くーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん」
と訴えている。
これは、怖いよ、ということなのだけど、自然にも慣れないと生きてはいけないから、放置だ。かわいそうじゃない。慣れないと・・・。
そうすると、いつしか、寝ている。
こういう生活は、ほんとうに、素晴らしいと思う。
お金はかからないし、贅沢もないし、時間が無駄にならないし、考えることに没頭できる。
昨日、マルシェで買ったマグロをニンニクでロゼ色に焼いて、ペペロンチーノの上にのっけたが、これがやばかった。美味すぎた。

退屈日記「日々は、自分でいくらでも素敵に出来るものなのだ。日々の正しい過ごし方」



いよいよ、来月、オランピア劇場での単独ライブとなったので、真夜中、大声で歌っている。筋トレとかもやっている。
お酒をやめたから、体重が減り、引き締まって来た。63歳だけれど、お腹出てない。あはは。頭は確かに壊れ始めているけれど、肉体は悪くない。裸を自慢したいけど、相手がいない・・・。いひひ。
一番好きなのは、お風呂に入ることで、1日、3回、入っている。
風呂の中で本を読んで、ぼくが風呂の中にいるあいだは、三四郎はマットの上で寝て主人があがるのを待っている。。
悪くないのだ。こういう生活・・・。
お酒が一番、お金がかかっていたのだけれど、やめちゃったものね、とりあえず、今は・・・。
今、一番お金がかかってるのは、犬の餌・・・。

退屈日記「日々は、自分でいくらでも素敵に出来るものなのだ。日々の正しい過ごし方」

退屈日記「日々は、自分でいくらでも素敵に出来るものなのだ。日々の正しい過ごし方」



dancyuの植野編集長から、時々、メールが入る。
この人は、仕事のメールの最後に、ちょっとしたことを書いてくる。ちょっとしたこと、人間味あることを、
その1行が田舎で暮らしていると嬉しくなる。
辻さんの絵がみたい、と描かれてあった。(日記を読んだのかな。ぼくが言ったのかな)
ぼくは、ちょっとしたことで日々を喜んでいる。
日々は、自分でいくらでも素敵に出来るものなのだ。それが実は日々の正しい在り方。
今日はオランデーズソースを作って、アスパラを茹でて食べるのだけれど、そのことを考えているだけで、頬が緩んでしまう。
日曜日に、オランデーズソースって、そこがすごくよくない?
皆さん、よい1日を。

退屈日記「日々は、自分でいくらでも素敵に出来るものなのだ。日々の正しい過ごし方」



つづく。

今日も読んでくれてありがとうございます。
来月、オランピアに立つんだ、と思うと、ドキドキするでしょ? 歴史的だよね。日本の作家でオランピア立って歌うのは、きっと今後もぼくだけでしょう。そこか! こういうことをお風呂につかりながら、考えてるの最高~。緊張するでしょ、とレテシアに言われたけれど、マジで、ぜんぜん、しない。フランス人だろうが、日本人だろうが、ぼくは誰の前でも、同じだから。もっと緊張したいくらいだけど、愉しみでしょうがないんだ。せいぜい、その日は輝いて見せたいから、今は練習に余念がない。コンディション、最高なのだ。生涯で一番、声が出ている。手はギターのせいで腱鞘炎だけれど、こんなのたいしたことない。足も治って、やっとひきずらなくなった。心を落ち着かせるために、絵を描く。
さて、4月16日の父ちゃんの「カフェ飯教室」、5月7日の「敷居のめっちゃ低い小説教室」ご興味ある皆さんはこちらをクリックくださいね。あ、NHKの再放送、どうだった???? あの番組、需要あるのかな? あはは。

地球カレッジ

退屈日記「日々は、自分でいくらでも素敵に出来るものなのだ。日々の正しい過ごし方」

エディットピアフも立った。ビートルズも立った。ローリングストーンズも、マドンナも、スティングも立った。オランピア劇場でのライブが近づいてきました。
席のご予約はオランピア劇場のサイトから、どうぞ。

https://www.olympiahall.com/evenements/tsuji/

フランス国内、もしくは周辺国、あるいは世界各地にお住まいの皆さん、ぜひ、遊びに来てください。旅慣れていない皆さんには、JALパック・パリさんが協力いたしますので、こちらをクリックください。

5月29日 辻仁成 パリ・オランピア劇場 ライブコンサ-ト!


ついでに、父ちゃんのニューアルバム「ジャパニーズソウルマン」、お好きな音楽プラットホームから選ぶことが出来ますので、聞いてみてくださいね。

https://linkco.re/2beHy0ru



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自分流×帝京大学