JINSEI STORIES
滞仏日記「三四郎には三四郎の時間が必要で、父ちゃんには父ちゃんの人生がある」 Posted on 2022/03/04 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、朝、だいたい同じ公園に顔を出すようになったからか、その時間にいつも屯している大型犬たちの仲間入りもなんとか果たした三四郎。
大きなわんちゃんたちにも迎え入れられ、一緒に走り回るようになり、もっとも三四郎だけはリードをまだ外せないのだけど、一緒に走っている気持ちになっているところが可愛い、原っぱを走り回る三四郎が元気でうれしい父ちゃんであった。
「いくつですか?」
と犬仲間の一人、若い兄さんが言った。
まだ、名前は知らないがアメリカ人らしい。
「5か月ですよ」
「へーかわいいなぁ」
「かわいいんですけどね、はじめて飼った犬だから、なかなか躾けが大変で」
「なるほど~、でも、躾けようとか思わないでいいんですよ。犬も人間と一緒でこうしなきゃいけないって、ルールはないです。ぼくはちょっとトレーナーのようなこともしているから。子犬を飼っていたこともあります」
「そうなんですね」
しめた、と思った父ちゃん。
いろいろと教えてくれる人を探していたのであーる。
「毎日、何回、散歩に出ないといけないとか、決まりはありません。その犬が嫌なことはしない方がいい。もちろん、教えないとならないこともたくさんあるけれど。臨機応変くらいでいいんですよ」
「あ、それ聞いて、めっちゃ安心しました。ポッポ(うんち)とかちゃんとシートに出来るくせに、わざと変なところでやってがっかりさせられたり、おしっこシートを噛みちぎってぐしゃぐしゃにしたり、たまに、変な行動をするんですよ」
「なるほど、じゃあ、振り返ったら、ボールを口にくわえて待ってたことありません」
※ 最初はビビッて、足を前後にのばして、動かない態度を示していたが、次第に、楽しくなって、一緒に走り回るようになった三四郎であった。
「あります。しょっちゅうです」
「ポッポも、おしっこシート噛みちぎるのも、ボールと一緒で、構ってほしい時のわんちゃんの行動ですよ。パパ、ぼくを見て、ぼくと遊んで、と言ってるんです」
「でも、そんなことしたら、怒られるのに?」
「この子にしたら、怒られても自分のそばに来てほしいんですよ。夜とか、ふんふん、悲しそうな声で呼んでくるでしょ?」
「ええ、時々・・・。で、そういう時は、ポッポを変な場所でしていることが多い。寂しがっちゃって大変なんです。どうしたらいいんですかね」
「簡単ですよ。覗いて、知らん顔して、ポッポを片付けて、眠そうな顔して亡霊のように部屋に入って寝ちゃえばいいんです」
「マジですか」
「ええ。ああ、この人はこのモードの時は遊んでくれないんだよな、と気づかせることも大事で、出来ないことは出来ないことを態度でわからせたらいい。あと、犬にも、そっとしておいてほしい時がありますから、乗ってこない時はあえて、乗せようとしないで、それぞれの時間を大事になさってください。お互い生きてるんだから、奴隷になる必要はありません」
「先生!!!!」
「な、なんですか?」
「ありがとうございます。腑に落ちました」
そうか、そうだよな、人間にもいろんな人間がいるように、三四郎はほかの犬を参考にしつつも、同じようにやる必要がないんだ。
様子を見つつも、彼にあうリズム感を探してあげたらいいのだ、と気づいた父ちゃんなのであった。
犬さんたちの仲間に入れたことが三四郎には楽しかったみたいで、今日はいつになく嬉しそうであった。
ちょっと自信がついてきたのだと思う。
なんとなく、帰り道の歩き方がいつもと違った。
胸を張って、歩いていた。そして、その直後、三四郎は前回もやった道の真ん中、ほぼ同じ場所で、ポッポをしたのである。
「おおおおおおおおおおおお」
嬉しくて思わずガッツポーズをとった父ちゃんであった。
これで、三度目の成功である。
こうやって、時間はかかるものの、彼なりのペースで犬らしい行動が出来るようになりつつある。これは明らかな成長であろう。
※ ボンマルシェの展示物。
夕方、ぼくは三四郎を散歩に連れ出そうと思って、着替えさせた。
しかし、三四郎は気乗りしないようで、リードをつけたまま、椅子と椅子の間に潜り込んで出てこなくなった。
「散歩、行かないの?」
返事なし、物陰から、じっとぼくを見つめている。
朝のアメリカンなムッシュの言葉が脳裏を過った。そっか、散歩に行きたくないのか、・・・。
「じゃあ、パパは一人で散歩に行くけど、家でお留守番するんだね? いいね、吠えても戻って来れないからね」
返事なし。
仕方がないので、ぼくは出かけることにした。
外に出て、監視カメラで様子をみると、床に置いてあるマットの中でゴロンと寝ている。
※ この写真の下のところの緑色のふかふかマットで寝てる黒いのがサンシーである。
ありゃりゃ、吠えてない・・・。マジで、外出したくなかったのだ。
不意に自分の時間が出来てしまい、困ったのは父ちゃんであった。笑。
仕方がないので、デパートのル・ボンマルシェまで歩いた。
特に買いたいものがあるわけじゃないけど、このひと月、一人になる時間があまりなかったので、いい気分転換になった。
ぼくはお洒落な携帯ケースを一つ購入し、帰りにスーパーに立ち寄り、夜ごはんの食材もそろえた。
いつも三四郎が一緒なので、なんか、変だったけど、彼には彼の時間が必要な時もあるということだ。
それはそれでいいことである。
散歩をして家に帰ると、三四郎が口にボールをくわえて、お腹を見せてひっくり返ってぼくを待っていた。
「サンシー、君、な、何してるの?」
つづく。