JINSEI STORIES
ノルマンディ日記「冬の海、泣かない少年にさせてしまったことを後悔しつつも」 Posted on 2023/02/13 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、英仏海峡を眺めながら、今日はずっと自分の人生を振り返って過ごした。
20年ほど前に、ぼくはフランスにやって来た。
大変だったけれど、幸せな時期があった。
でも、自分の知らないところでその幸せは、いつの間にか、そうじゃなくなっていた。
ぼくはずっと、本当に毎日、幸せをありがとう、と神様に感謝をして生きていた。仕事から戻るとそこに家庭があって、家族がいて、奥さんがいて、子供がいたのだから。
でも、ある日、ぼくは幸せだったが、相手はそうじゃなかったことに気が付いてしまう。つまり、日本を離れた時とはもう違っていた。
子供とぼくが残って、パリで暮らすことになる。
その後、みんなが去って行き、ぼくは人生の意味や目的を失った。でも、ぼくの横には、息子、が残った。
その子が泣きわめいて「パパとなんか暮らしたくない!」と言ってくれるのであれば、それでこの世とおさらばしてもいいかな、と思っていた。
でも、結論から言うと、あの子は今日までにぼくの目の前で涙を流したことは一度しかない。別れた人のマネージャーの前で、ただ一度だけ、泣き叫んだ。
けれども、その一度のあとは、喚き散らすことも、誰かを批判することもなかった。
ぼくは多くの仕事を諦め、この子と生きることを決意した。
息子が泣いた日から10年近い歳月が過ぎた。
その辺から、ぼくは子育てに、人生の軸をうつすことになる。
たいしたことじゃなかった。
耳を塞いで、多くの恥を凌ぎ、現実や苦労を見ないようにした。
誹謗中傷が聞こえて来ても、目の前のやらなければならないこと、子供のごはんとか、学校とか、将来のことだけを考えるようにして、生きた。
小さかったその子が大学に合格し、成人となり、自立して、一人暮らしを始めた。
そこに三四郎が現れ、ぼくは孤独に陥る手前で、またしても救われることになった。
そして、今は、ノルマンディの海を見つめながら、平穏に生きている。
若い頃のギラギラした野心は消え去ってしまったが、やっと自分の時間が出来たので、出来る範囲で、音楽や映画や小説を少しずつ取り戻しつつある。
成長した息子は、ぼくの一番の理解者だと思う。彼の成長がぼくの誇りだ。
この間、こんなことがあった。
家で夕食を食べた後、息子が自分のアパルトマンに帰ることになったので、三四郎と駅までおくった。
その時、配達員のような恰好をした外国の男性が近づいてきた。
その人物は携帯をぼくらに見せ、この住所がわからない、というようなことを言った。
息子が対応をし、「それはこの建物だと思う。番地はここの扉を示している」と丁寧に、英語を交え、伝えていた。
しかし、ぼくはなんとなくこの男は警戒すべきだと思っていた。
フランス語が分からないふりをしている可能性があった。外見は配達員なのだけど、荷物もないし、何も持ってない。配達業者のバイクも自転車もないのである。
でも、そうじゃない場合、いきなりこの人を危険だと息子に伝えるのは差別になるので、とりあえず、息子の対応を見守ることにした。
すると、その配達員のような男性が、自分に変わって、ここの番号に電話をしてもらえないか、と言い出したのだ。ややぶっきらぼうな言い方であった。
携帯を息子に渡そうとした。息子は受け取らず、その人をじっと見つめた。その配達員は目を逸らし、きょろきょろしはじめた。この時の空気が忘れられない。
「それはできません。なぜなら、ぼくはあなたの仕事をしらないし、それがどれほどの必要性があり、大切な電話なのか、判断ができないからです。あなたは、片言のフランス語であろうと、ぼくに何かを伝える力がある。この国で生きていくのであれば、自分の力で電話をし、誠意をもってあなたの仕事を伝えるべきです。そうやって生きることがあなたにとって大事です。みんなそうやって生きているんです。頑張ってください」
その男が、今度は不意に態度を変えたので、ぼくの出番となった。ぼくは割って入り、英語で、
「もう十分だ。ぼくらは時間がない。ここまでにしてください」
と遮った。ぼくは息子の背中を押した。
息子はその対応でよかったのか、悩んでいるようだったが、ぼくは、しかるべき対応だったよ、と伝えた。
君は社会に出た。用心をする必要がある。
善意は大事だけれど、きちんと様子を見て、もしも、倒れている人がいたら助けるべきだが、今回のような場合は、相手の目と態度を見て、判断をしていきなさい。彼は、ちょっと行動が怪しかった。これは仕方がないよ。
息子は、これに、返事をしなかった。考えているようだった。
こういうことが生きるということなのだと思う。
でも、ぼくは息子がきちんと対応し、出来ないことは出来ない、と相手に伝えたことを評価したい。
小学生だったあの日の泣いた少年は、立派になった。
泣かせたことよりも、その後、泣かない少年にさせてしまったことの方が親としては申し訳なく思っている。
ぼくの責任が大きい。もっとも、もう、昔のことだ。
ぼくは息子のかわりに、横にいる三四郎を抱き寄せ、水平線を見つめた。
息子の幸せを願わない日はない。
あの子には幸せな家族をもって幸福に生きて貰いたい。
それが親としての、ぼくの願いでもある。
つづく。
今日も読んでくれてありがとうございます。
今日は、日本のカツサンドを食べたくなって、ちょっと揚げてみました。カリッと綺麗にあがったカツに、千切りキャベツと卵焼きを挟んで、なんとなく豪華なカツサンドになったでしょ~? めっちゃ美味しかったです。パンの耳を大事な相棒の三四郎にあげましたよー。あはは。
それから、NHK・BS「パリご飯」新作の放映が近づいてまいりました。
「辻仁成のパリごはん 2022年秋冬」(59分) 放送時間のお知らせです。
2023/2/17(金)後10:00~10:59【BSプレミアム・4K同時】
2023/2/21(火)後5:00~5:59【BS4K】※再放送
2023/2/21(火)後11:00~11:59【BSプレミアム】※再放送
お楽しみに!!!
父ちゃんのニューアルバム「ジャパニーズソウルマン」、お好きな音楽プラットホームから選ぶことが出来ますので、聞いてみてくださいね。この中のYoutubeをクリックすると、どこかの会員になってなくてもきけますよ。裏技です。あはは。
☟
https://linkco.re/2beHy0ru
さて、父ちゃんのライブも近づいてきましたよ。一生に一度の豪華なライブになるでしょう。ゲストは、ディープフォレストです。
5月29日のオランピア劇場でのライブ、直接チケットを劇場で予約する場合はこちらから。FNAC(フナック)でも買えます。
☟
https://www.olympiahall.com/evenements/tsuji/
フランス以外からお越しの、ちょっとチケットとるのが不安な皆さんは、ぜひ、ジャルパック・サイトをご利用ください。こちらです、
☟
https://www.jalpak.fr/optionaltour/tsujiconcert/