JINSEI STORIES
退屈日記「侵攻から一年、齧られた林檎のようなこの世界で」 Posted on 2023/02/03 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、戦争がはじまってもうすぐ一年になる。
今、世界はアップル社のマークのように、林檎が何者かによって齧られた状態にある。
林檎は確かにまだ林檎のカタチを維持しているのだけど、齧られた部分の欠落も明らかで、林檎であることはわかるものの、不自然な林檎なのだ。
その穴ぼこと共に存在する林檎になっている。
齧られた部分がウクライナを取り囲む戦争の部分であることは明白だが、この穴の周辺がよく見ると、黒ずみ、或いはその欠落が拡大しつつあるようにも見える。
ぼくはパリで長年暮らしているが、コロナに襲われた時の衝撃に匹敵するくらい重い気持ちでその欠落を眺めて過ごしている。
この先がなかなか読みほどけないのである。
西側諸国は大量の兵器をウクライナに供与しているが、それでも、この戦争は終わらない。
簡単に言ってしまうと核兵器を大量に保有するロシアとの戦争に完全な勝利という結果は難しい。
或いはロシアの内部で何かが起こるのを待ちつつ、(ウクライナを負けさせるわけにもいかないので)武器を供与しているわけだが、犠牲ばかりが増える。それも若い人たちの死、或いは、無防備な市民の死・・・。
それでも、西側のある人々はロシア内部で、ベトナム戦争の時のような若者たちの反戦運動などが起こったり、ロシア政権内部での不和からクーデターのようなことがおこって、プーチン氏が失脚するのを願ったりしているようだが、内戦などになった場合、核兵器がどのように扱われることになるのか、という一触即発の状態が起こりかねない危険性を孕んでおり、もしも内戦になった場合は逆に喜んでいられない事態に世界は直面する。
これは実に恐ろしい想像になる・・・。
ロシアの国土は広く、同じ国内なのにいくつもの時差が存在し、他民族国家であるばかりか、そうなれば衛星国の離反も起こりうるだろうし、現実、プーチン政権の吸引力は低下しており、ロシア自体を意味する林檎は虫が巣食った感じになっている。
中がどのような状態なのか、わからず、非常に不気味な様相を呈している。
まだ、プーチン氏が左右の勢力の間で陣頭指揮を執り、世界が、落としどころを見つける方がいいのじゃないか、という考えさえもある。
世界最大の核兵器保有国であることが、実に厄介なのだ。負けさせるわけにもいかないが、勝たせるわけにもいかない、そういう状態・・・。
しかし、いったいロシア政府の内部でどのような問題が起こっているのか、起こりつつあるのか、誰にもわからない。
憶測でしかない状態(我慢大会みたいな)で、戦争から一年目を迎えようとしている。
最近、プーチン氏は再び、核兵器の使用にも言及し始めた。使わないと明言したり、使う可能性もあると脅したり、極めて不安定な状態が続いている。
ドイツがレオポルド2型戦車をウクライナに供与すると発表すると、第二次世界大戦の独ソ戦争を持ち出し、この戦争全体をナチスとの戦いと位置づけた。
核兵器の使用の可能性は低いと専門家は見ているのだけれど、ロシアは、核兵器使用の国内向けの理屈を形成しつつある。
一年前より着実に危険度が増していると個人的には思っている。
落としどころを誰も見つけきることが出来ないばかりか、軍備の増強で対抗する方法しかない、この世界の結束力、政治力の弱さも露呈した。
経済成長を遂げた中国は、世界の安定があってこその今の中国なので、現状の林檎を壊すつもりはないのだろうとは想像する。
それがゼロコロナ政策の急展開を実現させたのだろうし、同時に、中国は台湾の問題を抱え、様子を見ている状況にあり、露宇戦争は彼らにとって未来を見極める水晶の中での出来事なのかもしれない。
いずれにしても、前にもここで書いた通り、西側が生み出した民主主義とは別の、反体の勢力が生み出そうとしているもう一つの民主主義が勢力をつけたからこそ起きた、ロシアによるウクライナへの侵攻なのだろう。
今後、この林檎にもう一か所、大きな齧られた痕が付く可能性を排除できない。
それでも、齧られなかった世界で生きる人々は食品ロスや温暖化問題などを抱えながらも、消費社会の中で自分たちは平和の中にいると思い込んでいる。
兵器産業は活発になり、軍備拡張へどの国も国家予算を投じるようになる。どちらへ転んでも、平和から遠ざかっている。
それが、今の世界だ。
毎日、何が起こっても不思議ではない世界でぼくらは林檎を齧っている。
今日も読んでくれてありがとうございます。
ま、こういうことを毎日考えながら、三四郎と散歩をしています。時々、空を見上げて、溜め息なんかをつきながら・・・。
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お知らせ多すぎますね・・・。メモしておいてねぇ。えへへ。