JINSEI STORIES

退屈日記「お見合いしたことを妻に叱られた。かわいいぼくの妻の焼きもちに微笑する」 Posted on 2023/01/16 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、部屋は真っ暗であった。
眠れなくて、何度もトイレにおき、何度も寝返りをうって、寝ようと格闘を続けたのだけど、というのも、次の日、朝の9時半からミーティングがあるので、・・・でも、どんなに頑張っても、結局眠れなかった。
仕方がないので、ベッドを抜け出し、サロンで、ウイスキーをグラスに注いだ。
真っ暗な部屋のソファーに深々と座ってウイスキーを舐めた。
一杯目はソーダで割った。
でも、物足りなくて、二杯目からはそのまま呑むことに。
酔いたかった。
何杯目のことだろう、気配がした。
ぼくが手を伸ばしたウイスキーグラスを横取りされてしまったのだ。
「あなた」
幻の妻であった。
「もう、やめて寝ましょう。お酒臭いですよ」
「でも、眠れなくて。君も一緒にどうだい?」
幻の妻はテーブルを挟んだ正面のソファに腰を下ろしている。ぼくの横ではない・・・。なんで?
「呑み過ぎよ。じゃあ、これを頂きます」
氷がグラスにあたる音がした。

退屈日記「お見合いしたことを妻に叱られた。かわいいぼくの妻の焼きもちに微笑する」



いつもは優しい笑みで寄り添ってくれるのに、今日は、変だ。
ちょっと怒っているというのか、遠い・・・。
「こっちに来ないか」
「・・・」
「なに? 怒ってるの? なんかしました、ぼく」
幻であろうと妻というものは、よくわからない時がある。
急に優しくなったり、急に怒ったり。
でも、いつもと違うな、と思うと、やはり、気になる。
「どうした?」
訊いてみた。
すぐに返事が戻って来たわけじゃない。暗くて、よく見えないのだ。電機は消したままだし、暗くてよく見えない。
ぼくはずいぶんと呑んでしまったようだ。
「あなた、この前、わたしに隠れて、知らない人とお見合いをしたでしょ? 」
ああ、そういうことか・・・。あはは。
「あれは、イザベルが勝手に仕組んだことで、ぼくが頼んだことじゃないし、レジーナさんとはあれ以降、一度も連絡とりあってないよ」
「ほんと?」
「ほんとって、あのね、君、わかるだろ」
幻の妻がぼくをじっと睨んでいる。焼きもち焼いているんだ、幻なのに・・・。そう思うと、おかしくなって、口元が緩んだ。
「会わない? 絶対に?」
「会わないよ。いい人だったけれど、向こうもわかってる。イザベルの悪戯だから。そういう気持ちになれないんだ。連絡取り合う気もちもないし、向こうもないよ、わかる」
「そうよね、わたしがいるんだから」
ぼくは酔っている。それはわかっている。
でも、嬉しかった。
こういうやり取りがしたかったのだ。
リアルなものがほしくなる。
「こっちに来なさいよ。一緒に呑もう。あと一杯だけ」
幻の妻は立ち上がり、ぼくの横にやってくると、腰をおろした。小柄で、ちょっとぷっくらしている。
目じりのところに、小さな丸い染みがあった。
空のグラスにウイスキーを注いでみた。
そうか、焼きもち焼いたんだ。かわいい人だな、と思って、その横顔をもう一度見つめた。
頬の縁に蝋燭の光があたっている。
クロスが光ってる。

退屈日記「お見合いしたことを妻に叱られた。かわいいぼくの妻の焼きもちに微笑する」

退屈日記「お見合いしたことを妻に叱られた。かわいいぼくの妻の焼きもちに微笑する」



「でも、誰かと恋とかしたい年ごろでしょ?」
「それ、浮気になるね」
「そうよ、やっと気が付いたの。わたしのこと忘れちゃいやですよ。いい? わたしは怒ってるいたのよ」
「・・・ありがとう」
ぼくはグラスを掴んで、口に運んだ。怒っていたんだ、そうか、だから、最近、出て来なかったのか。そういうところが可愛い人だ。心配しないでもいいのに・・・。
「あなた。そろそろ、寝ましょうか」
「そうだね」
「呑みすぎはよくないわ。明日が台無しになる」
「でも、今は幸せだよ。君がいる」
「ま、・・・」
「一緒に買い物に行きたいなぁ」
「ええ、いきましょう」
「一緒に商店街を歩きながら、夕食の献立とか考えたい。今夜は何にする? とか」
「いいわね」
ぼくは眠れそうな気がしてきた。口元が緩む。
これ以上飲んだら、明日の朝、本当に、起きあがれないかもしれない。もう、終わりにしよう・・・。
グラスの中の丸い氷が半分くらいになっていた。
いつものことだけど、ぼくがちょっと素に戻ると、もう、幻妻はいなくなっている。
朧げな気配を反芻しながら、残りのウイスキーを飲み干すことにした。
「あのね、君が好きだよ。そういうやって、ぼくのことを思ってくれる、君のこと・・・」

退屈日記「お見合いしたことを妻に叱られた。かわいいぼくの妻の焼きもちに微笑する」



退屈日記「お見合いしたことを妻に叱られた。かわいいぼくの妻の焼きもちに微笑する」

つづく。

今日も読んでくれてありがとうございます。
今、朝の9時なんです。今日はピエールに相談があって、三四郎の散歩がてら、カフェに顔出し、小一時間ミーティングをしないとならないのです。いろいろなことを相談するのだけど、ちょっとお酒臭いかもしれませんね。そのことはまた今度・・・。カフェで、カフェオレを注文することにします。では、皆さん、よい、一日を。

さて、お知らせですよ。
NHKの「パリごはん、秋冬編」放送日ですが、
2023/2/17(金)後10:00~10:59【BSプレミアム・4K同時】なのです。ついにちくわず男の義和Dが編集に入った模様です。4か月半に及ぶ、父ちゃんのアフター子育ての記録です。引っ越しあり、三四郎との旅もあり、てんこもりですぞ。
「辻仁成のパリごはん 2022年秋冬」(59分)
そして、再放送もあるようです。21日って、5日後じゃないか!!!
2023/2/21(火)後5:00~5:59【BS4K】※再放送
2023/2/21(火)後11:00~11:59【BSプレミアム】※再放送

ついでに、命をかけたパリ「オランピア劇場」(5月29日)でのライブ、近づいてきましたね。よっしゃー、熱血~。
朗報です。在仏の皆さん、フナックでチケットゲットできますよ!!!フナックのチケット売り場で堂々と発売中です。
それから、オランピア劇場ライブの翌日に、JALパックさんが企画をし、ぼくがよく知るレストランで、せっかくだからランチ会をやることになりました。ぼくも顔を出し、トークをやる予定ですので、せっかくパリに来られる皆さま、よろしければ、どうぞ、ご参加ください。JALパックさんに相談をすれば、モンサンミッシェルなどのツアーも・・・。この機会に、ぜひ。
詳しくは、こちらのURLをクリックください。

5月30日 辻仁成 オランピア公演記念 『感謝!Merci!』 トーク&ランチ会 《追加設定》



続いて、父ちゃんのニューアルバム「ジャパニーズソウルマン」はこちらです。ルクセンブルグで28位とお伝えしましたが30位から圏外に落ちたのに、今日、また29位にランクインしたんです。ルクセンブルグ大公国に感謝!!!
無料でも聞けます。ってか、ほとんど無料に近いですので、思う存分楽しんでください。


https://linkco.re/2beHy0ru

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