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滞仏日記「弟子なのにちゃんと指導を受けてない、と怒る長谷っち。ひゃああああ」 Posted on 2023/02/22 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、夜に息子がごはんを食べに来るのでその準備などに追われていると、
「先生、ちょっといいですか」
と長谷っちがキッチンに顔を出して、言った。
「ほい、どったの?」
「ええと、そのちょっと悩んでいるのです」
「ほー」
「弟子と言われていますが、ぼくは先生にちゃんとした指導をされたことがありません」
「ほー」
「ほーじゃないですよ。今日、帝京大の生徒さんから2本の文章が届いてましたよね。先生のゼミに参加したい生徒さんたちからです」
「はー」
ゼミに参加したい希望者が、ぼくがきちんと指導できると思っている人数を超えたので、面接のかわりに文章を書いてもらい、その中から辻小説ゼミでやっていけそうな人を選ぶ予定でいる。
責任をもって教えたいので、5人がせいぜいかな、と思っている。
前に、京都造形大学でゼミを受け持った時は、たった一人だった。
2月末締め切りなのだけど、最初の2人の生徒さんから、課題が届いたのである。
「先生、やきもちではないんですが、弟子である以上、先生の指導を真っ先に受けるべき権利がぼくにはあると思うのです。違いますか?」
「ああ、ま、ええと、ほら、その、あー、うー」
お前は呑もちゃんか、と叱られそうだが、ふざけているわけではない。何と言えばいいか、分からないので、言葉がつまったのであーる。
困った。

滞仏日記「弟子なのにちゃんと指導を受けてない、と怒る長谷っち。ひゃああああ」



滞仏日記「弟子なのにちゃんと指導を受けてない、と怒る長谷っち。ひゃああああ」

そこで、東京とZOOM会議が終わった後、長谷っちを仕事部屋に招き入れ、父ちゃん自慢の哲学の椅子(クラブソファ)に座らせ、話を聞いてあげたのであったァ。
「あー、先生、まず、ぼくの小説、読んでいただけましたですか? その、ちゃんとした感想を聞いておりません」
「ほー、そうだっけ」
「ほー、そうだっけじゃねーだろ。すいません。冗談ですよ。あはは」
一瞬、マジかと思ったので、びっくりした。笑。悪ふざけはここまでにして、厳しい顔で、ぼくは彼と向かい合うことになる。
「読んだよ。感想はね・・・」
ここは日記に書くことではないので省くが、ようは、長谷っちの作品がどういうものであるのか、ぼくの全体的な感想を丁寧に述べたのである。
「・・・・」
厳しい意見も含めてきちんと伝えたので、彼はそれをかみ砕くことが出来ずやや困惑しているようであった。
プロの作家を目指している人、特有の悩みでもある。
「がっかりする必要はないよ。可能性はある。作家になる可能性だよ」
「ほんとですか?」
「ああ、ほんとうだ。でも、ぼくは他の人にも同じことを最近、言った。その人にも可能性があった。可能性がないよりは、いいが、可能性がある人は多い。そこで問題は、どこで誰がその才能を認めるか、どうやって抜きんでて行くか、ということだと思うよ」
「はー」
「長谷っち、この作品は文学賞に応募してみる?」
「ええ、一応、そのつもりですが、どうでしょう?」
「いいと思うよ。直さないとならないけれど、頑張れば、候補に残るかも」
「ほんとですか?」
「ただ」
「ただ?」
「賞は無理だと思う」
「ええええ、なんでわかるんですか?」
「ぼくが選考委員だったら、推さないと思う」
「ええええええええ?」
「いや、この作品で君が作家になったら、君のためにならない。そういう作品もあるんだよ」
「・・・・」
長谷っちは、目を見開き、瞬きも出来ない顔でぼくを見ていた。

滞仏日記「弟子なのにちゃんと指導を受けてない、と怒る長谷っち。ひゃああああ」



「先生・・・」
「はい」
「じゃあ、どうしたらいいんでしょう?」
ぼくは長谷っちの小説の問題点をメモしておいたので、それを探して、彼に渡した。長谷っちは、頭がとれそうな勢いで、前屈みになり、そのメモを睨みつけた。
「なるほど」
「ね、良く出来てはいるけれど、その、まだ作家を構成していないんだよな。まだ、君は獲得してないんだ。自分が何をどう書けばいいか、書くべきか、ということを」
「どういう意味ですか?」
「どういう作家を目指したいか、が見えない。自分でも自分の本質を、まだ分かってないんじゃないかな。だから、ここで下手に作家になるよりは、落とされて、くそーと奮起し、確信を掴んだ上で、再挑戦する方がいい。そこで認められて、はじめて、君は一点突破全面展開できると思う」
「はー」
「今は、純文学なのか、大衆小説なのか、どちらにも転べそうな作風で、道に迷っている。もっとも、小説のジャンルなんかどうでもいいんだけれど、突き抜けるものがない。処女作で持っていないと、いっぱしの小説家になるのは難しい」
「はー」

滞仏日記「弟子なのにちゃんと指導を受けてない、と怒る長谷っち。ひゃああああ」



「残って貰いたいから、ここは踏ん張って、新しい主題を見つけ、自分がどういう作家になりたいのかを見極めた上の作品で世に問うのはどうだろう?」
長谷っちが顔をあげた。
「はい、わかりました」
「よかった」
「先生。熱血で行きます」
「いいねー」

つづく。

今日も読んでくれてありがとうございます。
文学賞を目指している方も多いと思いますが、どこに応募をするか、自分がどういう作家になりたいか、見極めてから決めてください。処女作がどこから、どういう形で世に出るか、というのはとっても大事なことなんです。すべての小説家にとって、処女作はとっても大事な最初の入り口になりますので・・・。もっとも、入り口はいくつかありますが。
さて、父ちゃんの文章教室は、3月19日を予定していますので、文章を磨きたい皆さん、メモメモ。笑。今回の課題は「旅先で出会った・・・」になる予定です。
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そんな熱血父ちゃんのパリでのライブは、5月29日、エディット・ピアフも立ったオランピア劇場で開催されます!!!
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本日「2022秋冬編」の再放送がありましたが、
見逃した方にはNHKオンデマンドでの配信があります。
2022年版は全て放送から1年間の配信となっております。

「ボンジュール!辻仁成のパリごはん 2022秋冬」
https://www.nhk-ondemand.jp/goods/G2023126010SA000/

「ボンジュール!辻仁成のパリごはん 2022夏」
https://www.nhk-ondemand.jp/goods/G2022122794SA000/

「ボンジュール!辻仁成のパリごはん 2022春」
https://www.nhk-ondemand.jp/goods/G2022122817SA000/

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自分流×帝京大学