JINSEI STORIES
滞仏日記「仮弟子の長谷川さんが突然やめたい、と言い出し、上を下への大騒ぎ!!!」 Posted on 2022/12/28 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、なんか、長谷っちから「弟子にはなりたいけれど、事務所の仕事までやるのはちょっとしんどいのです」と、言われてしまったのであーる。
これは、衝撃的であった。
実は、辻パリ事務所はすでに冬休みに入っており、事務所で働いているのは父ちゃんのみ、スタッフ(主婦が多い)は家族と共にバカンス休暇に入っており、旅先からリモート編集などをやっている。(おっと、30日に忘年会があるけれど)
で、パリに残っていた長谷川さんから、ちょっと、相談したいことがあります、と神妙なメッセージが飛び込んで来たのが、・・・今朝のことであったぁ。
じゃじゃじゃじゃーん。
ということで、「カフェとかでかしこまると、辛いので、さんちゃんの散歩に同行させて頂きながら、話しはできませんか?」という提案を受けたのであった。
あはは・・・。
「先生、もうしわけありません」
「いや、どうしたの? まさか、待遇が不満でしょうか?」
「いえ、そうじゃないのです。十分、お給料もいただいています」
なんか、暗いのだ。白髪で、丸眼鏡、画家の藤田嗣治を思わせる風貌なのだけれど、顔が俯いている。叱られた生徒のような塞ぎこみよう・・・。
三四郎が心配をして、見上げている・・・。
こりゃあ、ダメかもな、と思った父ちゃんであった。
その時、遠くにホットワインのスタンドが見えた。パリの冬の風物詩であーる。
「とりあえず、温かいワインでも飲むかい?」
問い詰めてもしょうがないので、ホットワインを飲み歩きしながら、彼が語りだすのを待つことになった。
「わ、甘くてうまいね。飲みなさい」
「はい」
長谷っちも口を付けた。今日はそこまで寒くない、快晴のパリなのであった。
「別に、あまり考え込まないでいいですよ」
とりあえず、ぼくは仕方がない、と観念した。だって、無理やりは続けさせられない。
「何か、問題があった?」
「いいえ、先生のところで短い時間ですけど、いろいろと社会勉強させて頂き、仕事も覚えて、ベルトランさんや、マーシャルさんとも親しくさせて頂けていますし、お給料もいただいているので、不満はないのです」
「じゃあ、どうして?」
「自分は小説家、辻仁成先生の元で学びたかったのでした。でも、実際は、事務所の仕事が多く、それはそれで楽しかったのですけど、ふと、このまま先生の会社の社員みたいになるのは、違うんじゃないか、と気が付いてしまったのです」
「なるほどね」
「もちろん、昭和の作家のお弟子さんは、マネージャーのようなことをやられていた方が多いことも知っています。そこから有名な作家になった人もいますし。でも、パリ事務所は、どっちかというと音楽とか映像制作のお仕事が多いですし、あと、ウェブサイトマガジンの編集とか・・・。ジャパンストーリーズなどの編集には興味がありますが、すでに専任編集者もいらっしゃいますし、自分がそれをやるのも違うかな、と、つまり、いろいろと悩んだのですが、自分が目指すものが、パリ事務所の中にはなかったのです」
「そうか、そういう悩みか」
「あ、でも、さんちゃんは大好きなので、さんちゃんのお世話は苦じゃないんです」
「ありがとう」
「なので、やめさせていただきたいのです」
「わかりました」
「え? いいんですか?」
「いいも悪いも、そこまで決めているなら、続けてよ、とは言えませんよ。区切りもいいし、今月いっぱいで、やめたらいいです」
普通にそう言ったのだけど、不意に、長谷っち、顔をあげて、目を見開き、瞬きもせず、つかみかかるくらいの勢いで、・・・ぼくを見ているのであった。ううう・・・。
「長谷川君、大丈夫かい?」
「・・・」
困ったな、引き留めた方がよかったのだろうか?
父ちゃんは人にあんまり(執拗に)頼ったことがないので、やめたい人を引き留めたことがないのである。
それは仕方がないことだ。それぞれの人生がある。
離婚だって、心が離れた、と言われたら、泣いて縋るようなことは出来ない。いい思い出だけをもって、前を向いて生きるだけ、それが人生というものなのである。
そういうことを、説明したのだった。
「先生、そうですよね」
「うん。ただね」
「はい」
「事務所の仕事はやめて、弟子はやればいいんじゃないの?」
ぼくは、そういう、提案をしたのであった。
つまり、確かに、ぼくに責任がある。
長谷川さんは優秀だし、仏語に関しては通訳級で、そういう逸材だから、つい、翻訳業務などをふってしまい、彼の時間を奪ってしまった。
彼は、作家、辻仁成の弟子になりたかったのである。事務所のスタッフじゃない・・・。
ぼくの著作権管理や、編集者とやりとりするような秘書業務をイメージされていたのかもしれない。
ところが、入ってみると、オランピア劇場のコンサートへ向かっているぼくやミュージシャンや音楽チームの勢いに巻き込まれ・・・、または映画関係の交渉とか・・・。音楽プロモーターのベルトランとの通訳をやるために、うちに来たわけじゃなかったのだ。
それはよく、わかった。
「だったら、普通に、ぼくが君の小説を導くから、それでいいんじゃない? よければ時々、三四郎と遊んでもらえたり、預かって貰えたら、助かるけど・・・」
「・・・・」
長谷川さんのホットワインは、すでに、冷めきってしまっていたのである。
「コリンヌと相談をし、年明けに、もう一度、お時間を頂けますでしょうか?」
最後に、長谷っちは、そう言った。
「もちろんだよ。奥さんともよく話し合って、進退を決めたらいいよ」
つづく。
今日も読んでくれてありがとうございます。
いやはや、いろいろとありますね、年末ですからねー。ちょっと衝撃でしたけれど、ぼくは長谷っちを応援しています。作家になれるよう、ぼくにできることは最大限、お手伝いさせて頂く所存です。ともかく、明日、ベルトランとアタッシュ・ド・プレス(宣伝担当)との初会合は別の人に通訳をお願いすることになりました。長谷川さん、思いつめないで、のんびりとやってください。マジ、感謝しかないのです。三四郎と、ぼくと、長谷っちは、仲間じゃないですか・・・。
さて、年明けの話で恐縮ですが、来年、1月29日、日曜日に、2023年度、最初の文章教室をやります。第一回、エッセイ教室、と題してやりますが、それ以降、第二回も、第三回も、皆さんから送られてきた原稿を、実際に推敲などしながら、細かく分析していく授業になります。その中で、エッセイの書き方、構想の仕方、文章を上達させる方法、何を書くべきか、推敲の仕方、などを総合的に学んでいくことになります。より、実践的な一年間にしたいと思っていますので、よろしくお願いいたします。詳しくは、下の地球カレッジのバナーをクリックくださいませ。
それから、
父ちゃんのニューアルバム「ジャパニーズソウルマン」、実は、ホットワインとの相性も抜群なんです。このアルバム聞きながら、すするホットワインはもう、超・ソウルフルですからね。心があたたまりますよー。笑。
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https://linkco.re/2beHy0ru
それから、来年、2023年5月29日にパリのミュージックホール、オランピア劇場で単独ライブやります。
パリ・オランピア劇場公演のチケット発売中でーす。
直接チケットを劇場で予約する場合はこちらから。
☟
https://www.olympiahall.com/evenements/tsuji/
フランス以外からお越しの、ちょっとチケットとるのが不安な皆さんは、ぜひ、ジャルパック・サイトをご利用ください。こちらです、
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