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某月某日「今、ぼくと三四郎は口もきかない冷戦状態。責任はぼくにあるのだけど」 Posted on 2022/12/22 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、ぼくに責任があることなのだけど、最近、三四郎との関係が悪い。
まず、「おいで」といっても、前みたいに尻尾を振って走ってやってこない。大好物のサーモンスティックを目の前でちらつかせても、後ろへ、逃げ出す始末である。
ことの発端は、ちょっと前に、ぼくが仕事場で大事にたべていた「パリブレスト」を、ぼくがほんの数分、部屋を離れている隙に忍び込み、全部食べてしまった、ことにはじまる。
ぼくは三四郎がやってきてから、人間の食べるものを欲しがらないよう、徹底的に教育してきたし、教えてきたつもりだったし、結構、それを理解出来ていると思っていたのだった。
ぼくの事務所にはパソコンが十数台あるので、電源を噛んで感電されでもしたら、大変なので、基本、誰かがいない時の事務所内出入りは禁止している。
ところが、わずか数分、ぼくが部屋を離れたスキを狙い、こっそり忍び込んで、こともあろうに、テーブルに飛び乗り、ぼくが大事に食べていた「パリブレスト」を完食してしまったのだから、激怒しないわけがない。
相当に、怒った。鬼辻になったのであーる。
「さんじー---、こらあああああああああああああ!!!」
彼は逃げ回った。
その日の餌は、ドッグフードだけにした。
いつもは、ドッグフードの上に、蒸した鳥とキャベツを載せてあげている。しかし、無し。
ぼくはその夜、心が痛んだ。
というのも、自分がドアをしめなかったのがいけなかったわけだし、すぐ戻るつもりだったから、割と低いテーブルの上に、パリブレストを置きっぱにしてしまった、のだった。
つまり、ぼくの責任なのである。
でも、躾けないとならないので、怒る。
あああ、それで、ぼくは暗くなってしまったのだった。
しかも、それが、一昨日も起きた。

某月某日「今、ぼくと三四郎は口もきかない冷戦状態。責任はぼくにあるのだけど」



チャールズ一家が遊びに来て、10人分の料理を作り、それをサービスし、彼らと歓談もしないとならない、父ちゃん。
キッチンを離れ、友人らとワイン片手にお話しをした。
もちろん、友人らが来る前に、さんちゃんを、トイレ散歩にも連れ出してたし、鳥キャベツ入りの餌を大量に与えていた、にもかかわらず、にもかかわらず、最初の前菜が終わり、皿をもってキッチンに戻ると、キッチンの一番奥のテーブルに飛び乗って、(いまだにどうやって上ったのかわからない。たぶん、箱や丸椅子などを飛んで上ったのだろう)なんと、サーモン・マドレーヌ、しかも、クリームソース&いくらが大量に添えられたもの、をバクバクと食べている最中なのだった。
「は!? やべー」
三四郎、ぼくに気が付き、彼は凍り付いてしまった。
三四郎の鼻先がソースで白くなっているではないか・・・。
見つめ合うこと、数秒、ううう・・・・。
ぼくが怒ったらテーブルから飛び降りたが、その時、お皿からサーモン・マドレーヌが全部、床に落下、ぐちゃぐちゃになったのであーる。
三四郎は逃げ回り、ぼくは彼を追いかけ、風呂場で追い詰め、大きな声で叱った。
「さんちゃん、パパは君をそんなコソ泥のような子に育てた覚えはないぞ、こら!!!」
三四郎は俯き、反省のポーズ。でも、鼻先のクリームを舌先でぺろり、うわ、うめー、みたいな顔をしやがった。
くそ、腹が立つ。なので、両手で三四郎を掴んで、彼の鼻先にぼくの鼻先を押し付け、
「ダメって言ったでしょ? ノン、ノン、ノン」
と執拗に怒ってやったのだ。
大声で!!!! 何度も!!!!
みんなが帰るまでそこに閉じ込めることにしたのであーる。

某月某日「今、ぼくと三四郎は口もきかない冷戦状態。責任はぼくにあるのだけど」



翌日、散歩、連れていこうとすると、動かない。
餌を与えても、食べないのだった。
彼なりに反省をしているようだけど、落ち込んでいるのはぼくの方なのである。
チャールズが「犬だもん」と言った。それもショックなのだった。
ぼくはどこかで、三四郎を人間の子供のように思って育てていたのだから、・・・
もしも、パリブレストじゃなくチョコレートケーキだったら、と想像し、ぼくはさらに落ち込むことになった。不幸中の幸い、それはチョコではなかった。
というのは、犬の内臓はチョコと玉ねぎを分解する力がなく、下手をすると死んでしまうのである。
ぼくのショックは大きく・・・簡単に許していいものか悩んでいる。それが三四郎にも伝わるみたいで、今、ぼくらの関係はぎくしゃくしている。
やれやれ。
落ち込む父ちゃん、そんな父ちゃんを怖がる三四郎・・・。
辻家は今、冷戦状態なのである。

地球カレッジ

某月某日「今、ぼくと三四郎は口もきかない冷戦状態。責任はぼくにあるのだけど」



つづく。

今日も読んでくれてありがとうございます。
困ったものです。昨日の夜、ぼくがすれ違った柴犬を抱きしめたら、三四郎がやってきて、柴とぼくの間に割って入り、前脚で柴犬を遠ざけようとしていました。
「焼きもち焼いているよ、君の犬」
と柴犬の飼い主さんが笑っていたのですが、素直に笑えない父ちゃんとさんちゃんなのでありました。あはは。
さて、今日は、これからパリ散歩なので、もうそろそろ、準備に入ります。日本時間、夜の20時スタートになりますので、お時間のある皆さん、ご参加くださいね。ぼくが暮らす街を散策します。三四郎はお留守番ね。詳しくは下の地球カレッジのバナーをクリックくださいませ。



お知らせの2です。

●ボンジュール!辻仁成の冬のパリごはん
【BSP】12月24日(土)午後2:59〜3:58
【BS4K】12月25日(日)午後0:00〜0:59
※初回放送 2022年2月23日
※BSP4K別日時
番組ホームページ
https://www.nhk.jp/p/ts/6XW8NZ748V/schedule/te/KWM998V2RY/

某月某日「今、ぼくと三四郎は口もきかない冷戦状態。責任はぼくにあるのだけど」

父ちゃんのニューアルバム「ジャパニーズソウルマン」、お好きな音楽プラットホームから選ぶことが出来ますので、聞いてみてくださいね。


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それから、パリ・オランピア劇場公演のチケット発売中でーす。
直接チケットを劇場で予約する場合はこちらから。

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