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退屈日記「ジャパニーズソウルマン、本人自身によるライナノーツ」 Posted on 2022/12/12 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、アルバムはDLされる時代になった。Spotifyなどの会員ユーザーが自由に聞く時代となった。昔、LPでアルバムを買う楽しさの一つにライナーノーツ(アルバムの中に入っている楽曲の解説文冊子)を読みながら聞くというがあった。だいたい音楽ライターの方々が書いていたが、今回は自分のアルバムの配信を記念して、本人によるライナーノーツをここに記してみたい。どういう楽曲なのか、音を毎日、楽しんでいる皆さんに、知って貰いたいのだ。アーティストの気持ちを・・・。

1, 空(Sora)
これはソロ時代の曲で、ぼくがパリに渡った後に生まれた。パリは観光地だが、世界中から集まって来た路上生活者も多い。彼らは一定の距離を保ち路面に座って物乞いをしている。渡仏直後、ぼくは、とあることに気がついた。フランスはカトリックの国だから「施し」ということに気負いがなく、誰でもが小銭を路上生活者の人に渡していく。最初、抵抗があったが、ある日、何気なくみんなを真似てするようになった。ある日、ぼくがいつものように小銭を渡そうとしたら、受け取った若い男性が、メルシー、と言った。若い人だったので思わず顔を見てしまった。すると彼はぼくに感謝したのではなく、ぼくの背後に広がる天に向かって「メルシー」を言っていたのである。つまり、天が与えてくれた施しを意味していた。その時、自分の小さな考えにぼくは衝撃を受けた。これが施しの本当の意味なのだ、と気が付いたのである。ここで歌う「空」は「天」を意味している。冒頭のスパニッシュ風の長いイントロ、セビリアを旅した時に感じたスパニッシュギターの世界観をもとに、自分なりにアレンジしてみた。ケンタウロスのランニング・ベースが凄い。

退屈日記「ジャパニーズソウルマン、本人自身によるライナノーツ」



2, ガラスの天井(Plafond de Verre)
ECHOESを解散した直後に生まれた曲である。英語のグラスシーリング(ガラスの天井)が一般的に使われるようになった当時、この言葉は、組織内 で 昇進能力のある者が、 性別 や 人種 を 理由 に低い 地位 に 甘んじる ことを 余儀なくされる 状態を指す言葉としてよく使われていた。昇進 が 見えない 天井 によって阻まれているという 比喩 表現である。その後、現代では男女を問わずマイノリティの地位向上を妨げる慣行に対しても象徴的に用いられるようになった。
ぼくは、その後、この言葉は、あらゆる欲望に対するものであろうと考えるに至った。欲求の先にそれを阻むガラスの天井があり、人生は常に見えないガラス壁に囲まれていた、とぼくは人生を振り返りながら歌った。昇進や性差だけにとらわれず、人生は常にガラスの天井に阻まれている。地球上に80億人もの人が溢れるこの時代、見上げてもキリがない欲望の頂きしか見えない。この歌は、そういう世界への決別を歌っている。バンドサウンドはこの曲で確率された、と言っても過言ではない。無国籍感満載のアレンジになっている。エリックのピアノが実にセクシーである。

3, シティ・ライツ(City Lights)
これもECHOES解散直後に生まれた曲の一つである。これは大阪の千里ニュータウンの街の灯りを見た時に生まれた、という説がある。ぼくが大阪でライブをやった時に語ったからだが、その通りかもしれない。あちこちでツアーをやっている中で生まれた。移動する新幹線の中で、街の灯り、家々の灯りをみて、ぼくはその一つ一つの灯りの中に物語があるのだ、と想像した。海外に出るようになり、夜間飛行の機内から地上を見下ろすと、さらに広大な家々の灯りに遭遇する時がある。東欧や北アフリカ上空から見下ろす世界のあちこちに、集落があり、家々の灯りがあるのを知った。そこへ帰る人たちのことを歌いだした。疲れ切った人々が、家族に会うために家路を急ぐ。そこに自分の街の灯りを見つける時、苦しさや後悔が癒されはしないだろうか、と思った。帰る場所があることのすばらしさを歌ったのである。異邦人となった今のぼくにとって、それは日本の灯りかもしれない。

4, アローン(Alone)
ECHOES時代の楽曲である。「最近、涙を流したことがない」という歌いだし。孤独というものをぼくがはじめて形にした曲でもあった。孤独な人は孤独をよしとしている人なので、ほっといてほしい、という歌でもある。一人で生きる人を世の中が認めない風潮があって、一人で生きている人は後ろ指を指されがちである。でも、寂しい人ではないし、間違えてもいないのだ、とぼくは歌っている。孤独はこの世界で生きる上でとっても大事な人間の哲学の一つなのである。当時、ぼくは孤独のすばらしさに気が付き、精神的孤独を生きる中で、それを由しとした。人とつるまない、組織に入らない、群れない、集団で人を攻撃しない、など、騒がしい人間の集団心理から独立することを必死で考えていたのだった。これはきっと今の自分にも影響を与えている。孤独だからといって、寂しいということは全くないので・・・。この曲、サビの後半、ぼくは思わずレコーディング中に泣いてしまった。よく聞いて貰えると、ぼくが泣きながら歌っていた箇所がわかる。



5,「孤独をらったった」(La Ta Ta)
割と最近の曲(数年前に作った曲)であり、個人的には「ZOO」にも負けない、ぼくがかつて作った楽曲の中では、一番好きな曲の一つである。ここには、ぼくが渡仏したあとの、人生のドラマや哲学や思想がほとんどすべて含まれている。簡易な言葉で作られているのだけれど、ドラマティックな音楽の中で、言葉は示唆を取り込みながら、拡大している。生きることを諭す歌だけれど、ぼくは吟遊詩人のように少し小高い丘の上でこの歌を歌っているような気がする。「また、愛のない世界」とか「やるせない満月」などはこの世界を反射する鏡の中を指している。それはぼくのことだし、あなたのことかもしれない。もの凄く長い歌詞だが、最後の章で歌われているものは「赦し」であろう。頑張って生きる全ての人を慈しむ思いが、歌うぼくの目元を濡らす。路上詩人の長大な詩に路上音楽が付したような構成である。半ばのピアノソロはキョンさんが先の日本公演でアレンジしたものをパリでエリック・モンティニーが受け継いだ。許可をくださったDr,KyOnに感謝を述べたい。

6,ZOO
これもECHOES時代の楽曲だが、プロデューサーのブラジル系フランス人、ロブソンが、ボサノバにしたらどうか、と言い出した。ところが彼が弾いたボッサのギター(ギターをロブソンが弾いたのはこれと、アローンのソロのみ)に、ブラジル人パーカッショニストのジョルジュがスカのリズムを交えた。アルジェリア人の血を引きイタリア人に育てられたマリオがここにアフリカのリズムを加え、ピアノの日仏ハーフのエリック、メキシコ系日本人のケンタウロスがジャズや土着的アップビートをそこに付加したので、もともとの楽曲が思い出せないほどの、ワールドミュージックに変貌を遂げてしまったのである。思えば、ぼくのバンドはフランス人だけのシャンソンバンドではない。世界都市パリだからこそ、集結したミュージシャンによる音楽集合体である。音楽の可能性を感じるアレンジがお気に入りなのだ。

7,シルビア(Don’t Stop Music)
ECHOESのラストソングである。ロックダウンの時期にこれの替え歌をキッチンで歌い、Youtubeで配信をした。音楽を終わらせてはならない、たとえ一人になっても、というメッセージの歌だ。ECHOESの二枚目のベストアルバム、シルバーバレットの中におさめられている曲だが、ぼくには解散後の決意の歌でもあった。ぼくはみんなに作家になるのだろう、と思われていたが、音楽をやめたことは一度もない。ずっと歌い続けてきた。とくに渡仏後は地味ながら、パリの小さなミュージックホールや路上で歌い続けてきた。それがオランピア劇場でのライブに繋がるのである。ぼくの中で音楽を続ける決意はこのシルビアの中に眠っている。歌うことをやめないで、というのは、生きることを放棄しないで、ということであり、人間の本質を歌った。マリオのバイオリンがここでも快調である。コーラスはエリックだ。

8,友情(Amitie)
ECHOES時代の代表曲の一つで、ぼくが作ったすべての楽曲の中で、もっともスケールの大きなバラードの一つかもしれない。ぼくはせっかちなので、この曲はビートの後ろに寄り添うような感じで、ゆったりと歌ってみた。とにかく、歌をきかせたかった。ところがこのレコーディングの一月半前から気管支炎になり、劣悪なコンディションで歌の収録を迎えたのである。このアルバム全体が気管支炎直後の状態で収録されたのだけど、そのことが逆に幸いした可能性もある。力を抜いて、心を込めて一曲一曲慈しんで歌うことへと繋がったからだ。オランピア劇場ライブを記念して発表するアルバムだったので、10月に歌い切らないとならなかった。結果、空などもそうだけど、ちょっと鼻にかかる声になっていて、実はそこが、気に入っている。

退屈日記「ジャパニーズソウルマン、本人自身によるライナノーツ」



9,冬の虹(Arc En Ciel D’hiver)
ソロ時代の初期の曲である。こんなに厳しい真冬であろうと、美しい虹がかかる、という歌である。実は、フランス語で歌ったのだけれど、気に入らず、日本語に歌いなおした。オランピアでは仏語で歌う予定である。ぼくが自分で訳した歌詞がいくつかあって、その一つだった。いい仏訳だとは思うが、いかんせん、発音が・・・。ロブソンは気に入っていたが、レコーディング最終日、これで終わりというタイミングで、ぼくは歌い直しを選んだ。大好きなジプシーミュージックを取り込むようなサウンドとの一体感を皆さんには感じて貰いたい。辛いことだらけだけれど、遠くの空に虹がかかっているよ。うちのバンドのリズム隊がかっこいい。

10,東京(Tokyo)
ECHOES時代の曲である。一番好きな歌い方だ。力を抜いた、落ち着いた、今だからこそ、歌えるナンバーだと思う。ECHOES時代の若いぼくが歌うのと、今のぼくが歌うのとではまるで意味が異なるところが面白い。もともとオーケストラ要素のある楽曲だったが、マリオのバイオリンが切なく寄り添ってくれている。ピアノも素晴らしい。

11,MATSURI
この曲が唯一の新作レコーディングとなった。スパニッシュギターに傾倒しているぼくが作ったインストゥルメント曲になる。複雑な曲構成を持っている。レコーディングにはジョルジュとマリオに参加してもらった。ピアノとベースを入れなかったのは、ロブソンのアイデアである。ぼくはあってもよかったのかな、と思う。ライブでは全員でやってみたい。日本の祭りをイメージして作ったはずなのに、なぜか砂漠の風紋が見える(聞こえる)。アルジェリア人の血を引く、マリオのバイオリン、アフリカの土着サウンドに傾倒しているジョルジュのパーカッションが秀逸である。

今日も読んでくれてありがとう。
駆け足でライナーノーツを書いてみました。音楽を聴きながら、目を通してもよし、聞き終わって読んでもよし、聞く前に呼んでもまたよし、です。
ともかく、深く、広く、ぼくの音楽を楽しんでください。ありがとう。
父ちゃんのニューアルバム「ジャパニーズソウルマン」、お好きな音楽プラットホームから選ぶことが出来ますので、聞いてみてくださいね。


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さて、父ちゃんからのお知らせです。
12月22日、クリスマス・オンラインツアーを、22日に開催いたします。驚かせるようなことは何もない、ただの冬の散歩ですけど、ご一緒に歩いてみませんか? 詳しくは下の地球カレッジのバナーをクリックくださいませ。

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