JINSEI STORIES
滞仏日記「ハッキングされてカードが使えない息子の救済のためにスーパーへ」 Posted on 2022/12/12 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、今日は、美味しいものを食べたい、と息子が言うので、行きつけの香港人シェフ、シンコー&メイライご夫妻の中華料理店を予約したのだった。
十斗が小さな頃から家族ぐるみでお世話になった、辻家のナンバーワン御用達食堂でもある。
ぼくが遅れて店に顔を出すと、すでに十斗がいつもの席に座っていた。あはは。若大将だ!
息子が痩せていたので、どったの? と訊いたら、
「実はハッキングにあって、カードが使えなくなって、今、お金がなくて、この一週間、ほとんど何も食べてない」
と驚くべきことを口にするではないか。驚いた父ちゃんであった。
「は??? ハッキング?」
「ロシアのハッカーにやられたんだよ。ロシア語だらけ」
「で、被害は?」
「6€(千円)」
「それだけ?」
「ユバーイーツから見覚えのない通知があったので、発覚。すぐにカード停めたから、被害は少なくて済んだ。それも保険で戻って来る。でも、新しいカードが出来るまでお金をおろせなくて、手元のお金でもう一週間以上生き延びている」
「早く言えよ。お金、うちに取りにくればよかったじゃん」
「学校が忙しかった」
「で、カードは?」
「それが一週間で出来るはずが、もう二週間目に・・・。まだ届かないんだよね」
「お金なくて、何、食べてたの?」
「パスタを茹でて、オリーブオイルかけて、たまに、トマト缶とか」
「マジか・・・」
「ちょっと借りていいかな?」
ぼくは財布を取り出し、中のお金をすべて息子に手渡した。マジ、この性格、どうにかならないだろうか・・・。のんびりし過ぎていて、ちょっと、心配になる・・・。
「足りるか?」
「うん。明日、月曜だから、カード出来てるかもしれないから、もし、まだ時間がかかるようだったら、もう一度、お金借りてもいいかな」
やれやれ。大学生になっても、子供は子供なのである。
ぼくはこの子が心配でならない。実に心配でならない。
あまりに、ぼけーっとし過ぎている。いつか大きな詐欺とかにあいそうで、・・・。
「じゃあさ、食事終わったら、君の家の近くまで送るから、中華街のアジアンマーケットで何か、お米とか、ラーメンとか、肉とか、買っとくかい?」
「うん。助かる」
ということで、13区の中華街まで一緒に行くことになった。三四郎も・・・。
食べ終わり、お会計も済み、立とうとしているとメイライとシンコーがやって来た。
「やむせん(仁成の中国語読み)、実はね、店を売ることにしたの」
「ええええ?」
またしても、驚かされてしまったぁ。
「もう、ぼく、70歳になるからね、ここで踏ん切りをつけることにしたんだ。身体もきついし、お客さんがたくさんいるうちに手放すことに」
「そうなんだ。そっか・・・、そうか、ショックだなぁ」
シンコーの目に涙が浮かんでいる。目が真っ赤であった。
「まだ、このこと、誰にも話していないんだ。君たちに一番最初に伝えたかった。一番、思い出深い、お客さんだったからね」
ぼくが離婚をした直後の大変だった頃、十斗のことを支えてくれたのが、この二人だった。十斗はここの炒飯で育ったようなものだ。
とっても懐かしい顔をしている二人だった。メイライは急逝した秘書の菅間さんに佇まいや喋り方がそっくりなのである。
数年前、メイライの家族を我が家に招いたことがあった。和食をたくさん作ってふるまった。彼らは大の日本ファンなのだった。美味しい美味しい、と食べてくれた。
「寂しいけど、しょうがないね。お店をしめたら、うちにまたご飯に来ませんか?」
「あー、行く行く。やむせんの料理、大好きだよ」
ぼくも泣きそうになった。ぼくはシンコーと強く握手をした。コロナ禍を乗り越えるのに体力を使い果たしたのであろう・・・。
でも、有名店だからきっと高く売却できたはずだ。老後は安泰であろう。
「サインをしたんだ」
と二人は笑顔で頷いていた。
しんみりとしたが、最後は笑顔で店を出た。でも、あらゆることに、終わりが来る。それがやって来たまでのことだった。
ぼくらは中華街へと向かった。
十斗が通う大学はイタリア人街と中華街がある地区に位置している。彼が暮らすカルチエ(地区)は学生たちで賑わっている。
日曜日だったので、大型アジアマーケットは休みであった。でも、その周辺に、中規模のアジアン・マーケットがいくつかあった。
「生活に必要なものを買いなさい。油とか、米とか、味噌とか、野菜とか、冷凍食品とか、君の好きな納豆とか、豆腐とか、買っておこう」
ぼくらは並んで買い物をした。スーパーのカゴをそれぞれぶらさげて、食材を選んでいくのである。それは、ちょっと、楽しい買い物であった。
「麺つゆが欲しいな」
というので一緒に探した。ごちゃごちゃしている店内、なかなか見つからない・・・。
「料理酒もほしい」
「中華麺、パパがいつも買ってる生麺って、どれだったっけ?」
「ねー、豆腐はどれがいいの? たくさんあって、わからないや」
「お米も、おすすめは?」
たくさん、質問が飛んできた。
「豆腐はね、これがいい。日本の豆腐に近いんだ。麻婆豆腐に最適」
「お米はこれね、スペインで作っているササニシキだけど、値段の割に美味しい。こっちのはイタリア産のササニシキ、どっちもいけるよ」
「日本のマヨネーズがあるよ。キューピーはないけど、ケンコーさんのが。美味しいよ」
「納豆、買っといたら? 冷凍コーナーにあるはずだ。水戸納豆がある」
「麺つゆはないね。なんでないんだろう? 今度、15区の韓国マーケットで買っといてやるよ。次にうちに来た時に持ってけばいい」
などなど、話は尽きないのであった。
そこに生活があると、親子は自然と繋がることが出来る。
生きることに直結していることを親が子に教える。ぼくの大事な役目なのであった。二人並んで、買い物をした袋を抱えて、店を出ることになった。
「ほかに、困ったことはないか?」
「あ、玄関の暖房がつかないんだ」
「あのね、そういうのはパパじゃなく、不動産屋に言わないと」
「うん」
「しっかりしろよ。大人になるというのはそういうことだ」
「オッケー」
ぼくらは笑いあった。息子の家の前まで送った父ちゃんであった。三四郎は車の中でお留守番している・・・。あはは。
「じゃあな。熱血で行け」
「うん、わかった」
ぼくは息子の肩を叩き、三四郎の待つ車へと踵を返すのであった。
※ ぼくの右がシンコー、前列、右がメイライ。あとは、彼らの家族です。香港人っぽい中に、馴染む父ちゃん・・・えへへ。
つづく。
今日も読んでくれて、ありがとうございました。
メイライの中華屋さんが年内をもって、42年の歴史に幕を閉じることになったのです。凄いことですよ。彼らは香港を70年代に出て、こちらで結婚をし、家族はいま、世界中に散らばっています。ぼくもたぶん、全員に会ってますけど、香港人、逞しいです。香港の民主化運動の時も、心を痛めていた二人でしたが、今は、これからの人生に向けて動き出している感じです。お店は閉まりますが、ぼくらの付き合いはまだまだ続きますね。
さて、メイライたちとも出会ったこの優しい街を歩く、クリスマス・オンラインツアーを、22日に開催いたします。驚かせるようなことは何もない、ただの冬の散歩ですけど、ご一緒に歩いてみませんか? 詳しくは下の地球カレッジのバナーをクリックくださいませ。
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