JINSEI STORIES
滞仏日記「親しいママ友に息子のことを相談してみた。クリスマスに向けて」 Posted on 2022/12/01 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、息子が大学に入ってからも、一部、ママ友たちとの交友は続いている。
子供が大学生になったことで、なんとなくフェードアウトしたママ友もいるけれど、付き合いの続いている人たちもいる。
仲が悪くなった人もいるし、子供はもう関係なく友情が深まった人もいる。
仲良しママ友の一人、レテシアからメッセージが飛び込んで来た。
「ひとなり、元気?」
「やあ、元気だよ」
「お茶でもしようよ」
「いいね」
ぼくは夕方、三四郎の散歩ついでに昔よくママ友グループで集まっていた中学校前のカフェに顔を出した。
少し遅れてレテシアもやってきた。
他愛もない会話が続いた。
ぼくは「オランピア劇場でライブをやるんだ」と告げた。「わお、凄い。チケット買って、行くわね」とレテシアは約束してくれた。
それからまもなく、大学生になった子供たちの話題へと移った。大学の厳しさや、将来や就職のこと、等々、ありきたりなこと・・・。
そこでぼくの方から、なんとなく最近、息子が元気ないんだよね、と切り出してみた。
「真面目だからね~」
とかえってきた。
レテシアの息子さんとうちの子は中学まで一緒だった。その後、高校が別々になったので、子供たちはちょっと疎遠になった。
でも、ぼくはレテシアと気が合ったので、いまだに仲良くしている。
フラットなので、余計なことも言わないし、文学少女だから気が合う。それにレテシアはシングルマザーなのだ。他のママ友たちとは違った意味で、分かりあえる部分が大きかった。
「どんな風に?」
「わからないけど、ぼくと話したがっている」
「何について?」
「よくわからない。でも、釈然としないみたいなんだよ。たぶん、これまでのことじゃないかな、と思う。わからないけど、言わないんだ」
「なるほど。わかるわ。彼の気持ちもあなたの気持ちも」
「ぼくは先に行きたいけれど、彼はもやもやしたものがあるんだろうね」
「でしょうね」
「来月、19歳だから」
「そうか。どんどん、歳月だけが流れていく」
「このあいだ、二人きりでご飯を食べる機会があってね。たくさん、話をした。でも、これは時間がかかるね」
「そっか、そうだね。でも、時間をかけてもいいから、もっともっと二人で話をしたらどうだろう。答えとかないし、彼が求めているのは、父親の意見じゃないかな。それが正しくても間違えていても。ほら、クリスマス月になるし」
「実はね、食事の最後に、クリスマスはどうするの? って珍しく訊かれた」
「へー」
「今まで、一度も言われたことがないんだ。パパ、クリスマス、どうするの? って。びっくりした」
「で、なんて言ったの?」
「いや、クリスマスなんか考えてなかったから、パーティでもやるかって言ったら、血相を変えて、パパ、フランスのクリスマスは家族で過ごすものだよって叱られた」
「そりゃあそうよ。彼はこの国で生まれたんだから、クリスマスはパーティをやる日じゃないって知っている。アジアの人たちはクリスマスイブを恋人と過ごすんでしょ?」
ぼくらは笑いあった。
「だからね、二人で過ごそうよって、言ったら、喜んでいた」
「そう、よかったね」
「で、翌朝ね、これを送ってやったんだ」
「どれ?」
それはぼくの本棚にずっと飾ってある、息子が1歳の時の写真、口におしゃぶりをしている。ぼくはまだ40代であった。若々しい。
「へー、素敵な写真ね」
「ああ、返事がすぐに戻って来なかったから、嫌だったのかな、と思っていたら、翌日の昼前に、いいねって戻って来た」
「よかったね」
「徐々に会話を増やしてあげて、タブーについても語り合ったら? 納得したら、きっと、人生の路線も見えてくるんじゃないかしらね」
いいこと言うな、と思った。
こういう友だちがいることがありがたかった。人生の路線か・・・。
「でね、クリスマスイブにあいつがうちに泊まることになった」
「そうか、十斗、一人暮らししているんだものね」
「ソファしか寝る場所ないけど、大きなのを買ったから、ゆったり眠ることが出来るんだ」
「そうよ。クリスマスは家族で過ごすのがフランスなんだから。きっと、喜ぶわよ」
「うん。レテシア、ありがとう」
「ひとなり。Bon courage(がんばって)」
レテシアと別れて、ぼくは新居に戻った。
地球カレッジの後片付けをし終わった長谷川さんが帰宅した直後だった。テーブルの上に「お疲れさまでした」とメモが残されていた。
ぼくは青山のレストラン、プレートトキオで頂いたシュトーレンがあったことを思い出した。
朝から、なんにも食べていなかったので、それを開いてカットして食べたのだけど、懐かしい、あの味であった。
小学生の頃、福岡の社宅の隣に住んでいた猪狩さんがぼくら兄弟に(毎年)作ってくれたクリスマスのケーキがシュトーレンであった。
あの時のおいしさを超えたシュトーレンにいまだかつて出会ったことがなかった。しかし、今日、いただいたケーキはまさにあの時の味。
ぼくは慌ててラップを戻し、これを息子に食わしてやろうと思った。時間が経つともっとしっとりとしてくるはずだった。クリスマスが待ち遠しい。
「パパが、小学生の時に毎年クリスマスになると食べていたケーキだぞ」
って、教えてやるんだ。
つづく。
今日も読んでくれてありがとうございます。
今日は地球カレッジに全精力を傾けたので、今、ぐったり。でも、ちょっと相談できる相手が出現して安心しました。レテシアは弁えた人なので、ぼくも安心して会うことが出来ました。12月が始まりますね。どんなクリスマスになるのか、ちょっとワクワクします。
さて、12月22日に、「冬の散歩道」と出して父ちゃんが暮らす地区(カルチエ)をひたすらダラダラ散歩しながら、ケーキ屋に行ったり、カフェに行ったり、最後はマーシャルさんの八百屋で買い物をしたり、笑、の、オンライン散歩。パリ・ご近所を廻るクリスマス散歩、ご家族の皆さんとご参加くださいませ~。えへへ。
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