JINSEI STORIES
滞仏日記「人の世に道は一つということはない。道は百も千も万もあるんじゃあ」 Posted on 2022/11/30 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、今日はプロモーターのベルトランと15時にカフェ・ミーティングするはずだったが、直前になって不意に「風邪で体調が悪い。すまん」とキャンセルくらわされた。(でも早く、よくなってね、ベルちゃん)
その流れで、オペラのうどん屋「国虎屋」の呑もちゃんこと野本氏とオランピアの宣伝会議をする予定だったが一度家に戻り、17時に同じカフェに出直した父ちゃんであった。
ところが、いくら待っても、野本は来ない。きっと君は来ない~、一人きりのクリスマスイブ、・・・。サイレントナイ~・・・。
17時45分になって、さすがにおかしいと思って電話をしたら、
「あ、ども、ども、今日、行くで7時に」
とすっとぼけ野郎がのたまうではないか・・・。
「は? 17時だよ。待ち合わせたの。17、メッセージ読んでよ」
「あ、え、あれ、ほー、そうだっけ」
「今、どこ?」
「今、店。すまん、いますぐ行く」
電話が切れた。マジかよ。カフェの店主ケビンに、
「これから来るって。ごめんね。なんか、一本いれるから、許してね」
と謝った。
「もう、待ってられない。呑もっと。(野本)」
自分にしかわからないダジャレでごまかす父ちゃんであった。
ところが、ラッシュの時間なので、きっとタクシーがつかまらなかったのであろう。野本がやって来たのは19時少し前なのであった。(結局、ぼくは二時間もそこで待ちぼうけをくらわされたことになる)
「あ、あ、ええと、ども、おつかれさまです。すまんすまん」
とパリのおやじは大きな声を張り上げながら、店に入って来てぼくの横に腰を下ろしたのであった。(ちなみに、ぼくの足元で三四郎は寝ている)
「遅いわ」
「すまん」
「三四郎にご飯食べさせないとならないから、あと一時間しかおれんわ」
「すまん。ええと、あ、ほれ、17時と7時と似てるやろ、あはは」
他に、友だちはおらんのか、と皆さんは思うかもしれないが、これでも、野本は父ちゃんのオランピア劇場ライブを支える大応援団長で、この男がぼくのバックアップを申し出てくれなければ、実現できなかったのだ。2時間待たされても文句は言えない。
「で、どうや、チケット発売になったんやろ?」
「なった。今、200枚ちょっとかなぁ。滑りだし、まあまあだって、ベルトランが言ってた。野本、俺を男にしてくれ」
「おー! でも、高いのに、そんなに買ってくださる人がおるんか」
「ま、2000席あるからね、長い道のりや」
「ひとなり、7か月も先のコンサートなのに、ここは東京じゃないで、パリやで。悪くない、ええ出だしちゃうか?」
「ま、でも、たくさん、来てもらいたいからな、宣伝せな」
「宣伝、宣伝。ポスターとか作るんやろ」
「作るよ。チラシやポスター、撒くの手伝ってくれ」
「おー、オペラ界隈ならまかせとけ。あのな、こう見えても、俺、敵いない」
「そうか、すごいな。オペラ中にポスターとか貼って貰えるか? 敵いないんやろ」
「敵いない。貼る。どんどん、貼る。ひとなり、まかせとけ」
こういう男なのである。なんか、わからないけど、元気が出る男なのである。敵いない、とずっと連呼していた・・・。
「うどん粉で儲けてるもんな。粉だもんなぁ」
笑いあった敵いない野本と敵だらけの父ちゃんであった。あはは。
「あんな、ひとなり。12月からいよいよ焼き鳥屋、試験開始」
「もう始まるんか」
野本はパリで四国風うどんなるものを広めた張本人であった。手打ちうどんがブームになり、オペラ地区だけでも行列ができる四国うどんの店が数軒ある。その火つけ役だった。
「挑戦や。新しい自分を試したい。30年、うどん屋をやった。パリジャンにうどんを紹介しきった。今度は焼き鳥をちゃんと紹介したい」
確かに、アジア系の方々が「日本レストラン」の看板をだして焼き鳥を売っているが、日本で食べる炭火焼の焼き鳥とはぜんぜん違う。
中にはフライパンで焼いる焼き鳥もある。すし屋も焼き鳥屋も無数にあるけど、日本のものとはかなり異なっている。
「だからな、ひとなり、おれは高知の備長炭使って、本物の焼き鳥を広めたい。それがおれのオランピアじゃ」
「おお、ええなぁ」
野本は高知生まれ高知育ち、坂本龍馬になりきって、生きている。
「で、店はできたんかい?」
「出来つつある。だから、12月1日から試運転スタートじゃ。味のわかる仲間を集めて、テストでやっていく。1月の9日、10日にグランドオープンじゃ」
「マジか。やったな」
「値段は?」
「コースしかやらない」
「いいね。強気で」
「あのな、ひとなり、食べにきてくれ? 君は舌が肥えてるからフランス人に受けるか、試してくれ。厳しい意見くれ。おれは日本の魂をとどけたい」
「分かった。やる」
※ ケビンの店のタラマサラダなり。
「おお、日本を今一度、洗濯いたし申し候じゃ」
「ええこというな~」
「おお、人の世に失敗ちゅうことは、ありゃせんぞ」
「ほー、すごい名言やね」
「ひとなり、ぐずぐずして日を送るは、実に大バカ者なりじゃ」
「さすが、野本」
「あのな、人の世に道は一つということはない。道は百も千も万もあるんじゃ」
「そうじゃあ~。ん? あれ・・・どっかで訊いたことあるな」
「全部、坂本龍馬のことばじゃ」
「あはは」
※ おなじみ、呑もちゃんでーす。うどん粉から、土佐備長炭へ・・・。チャレンジャーですですです。
つづく。
今日も読んでくれてありがとうございます。
ま、よかでしょう。ぼくは九州、野本は四国の血、しかも同世代だし、共通するものがあって、石橋をたたいて渡るとかできないのであります。なので、お互い、支え合って、冒険をしている次第。相手はフランスです。こういうオヤジ2人ですが、きっと、パリで大きな花を咲かせてみせたります。焼き鳥といってもフランス食材で作る、新しい本格焼き鳥をやるようですから、オリンピックもありますし、世界の食道楽の皆さんの舌をきっと唸らせることでしょうね。お楽しみに~。
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