JINSEI STORIES

滞仏日記「息子はどうやら寂しいようだ。慣れない一人暮らしの日々に」 Posted on 2022/11/28 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、実は少し前に、フランスのママ友から、十斗のことでまたしても「忠告」を受けてしまった。
「あの子はパパともっと話しあいたいと思っているのよ。でも、あなたはいつも忙しいから彼の話に耳を傾けてあげられないでしょ? そのことで十斗は不満を感じている。友人の家に泊まりに行くと、彼の友人はそのお父さんと仲良く語らっている。でも、自分は話しかけてももらえてない、と思っているのよ。だから、今度、十斗に会う機会があったら、たくさん時間をとって彼と話をしてあげてね」
ぼくが日本滞在中に受けた忠告であった。
「でもね、ぼくはぼくなりに彼とは話をしているつもりだし、映画や音楽も一緒に作っているし、そもそも、意味のない会話をする親子よりはちゃんと意味のあることをやっていると思うんだけれど」
とママ友にぼくなりの意見を返したのだった。
すると、ママ友が反論をした。
「あのね。あなたはわかってないわ。十斗はあなたと意味のない会話をしたいのよ。結果ばかり求める会話じゃなく、結果なんかどうでもいい、ただ、その時に思うことを語り合いたいのよ。あなたたち、意味のない会話が足りないんじゃないの?」
それはそれで、ぼくなりに衝撃的な他人からの忠告であった。
そこで、今日、ぼくは十斗に、
「ご飯を食べに来ないか?」
とメールをしたのだ。すると、
「うん」
とすぐに返事が戻って来た。

滞仏日記「息子はどうやら寂しいようだ。慣れない一人暮らしの日々に」



十斗は夕方と夜のはざまにやって来た。
ぼくらは小一時間、学校のことや音楽について語り合った。
意味のないことを語り合うのは実に難しかった。
どうしても、学校のことや音楽の話題に傾いてしまう。意味のない会話って、いったい何について語り合うことだろう? なぜ、それが必要なのか、ぼくには今一つ分からないのであった。
会話が成立しないので、20時過ぎ、ぼくらは近所の中華屋さんへと向かった。
「最近、どうなの? 何をしているの?」
歩きながら、こういう聞き方しかできない父ちゃんであった。
「ぼくは毎日、料理をしているよ」
「料理?」
「うん、学食はあまり美味しくないから、自分で作っている」
そういって、彼はぼくに自分が作ったいくつかの料理の写真を見せてくれたのである。美味しそうなチキンのクリーム煮の写真であった。
「先週末はみんなのためにとんかつと炒飯を作ってあげたんだ」
と何かを思い出すように語る息子であった。
「へー」
「とんかつ、5人前と、炒飯、5人前かな」
「すごいね」
「ある意味、すごいよね」
としか応えない息子であった。
意味のないことをペラペラと語り合える関係ではなかった。
ぼくらは彼がまだ幼かった頃からずっと、大事なことを語り過ぎてきたのかもしれない。
どうしてもやり取りはシリアスな方へと向いてしまう。
意味のない会話の意味がまずわからない。
テレビも見ないし、漫画も読まないし、ぼくにいたっては仏語だってちゃんとしてないし、・・・何より、世間一般の話題に乏しかった。
何から話せばいいのか、ぼくには、わからなかった。
会話の糸口になるようなことを思い出しては、ぼくは息子に質問を浴びせてみたのだけど、会話が弾むことはなかった。

いずれにしても、普通にはできない父ちゃんなのであった。
「大学で、新しい友だちは出来たかな?」
「知り合いは増えたけど、友だちって言えるほどじゃない」
「そっか、ま、しょうがないね」
「あ、そういえば、ウイリアムがぼくの家のすぐ近くに引っ越して来るんだって」
「マジか」
「うん、一月からたぶん、賑やかになる」
「もうすぐじゃん。良かったね」
すぐに途切れてしまう会話なのであった。

滞仏日記「息子はどうやら寂しいようだ。慣れない一人暮らしの日々に」



会話が続かないので、ぼくらは中華レストランへと向かった。そして、料理を注文することにした。
ぼくは「意味のない会話」を心がけた。
でも、どうしても意味のある会話に傾いてしまうのだった。
結局、生きていることは意味の塊なのだった。

つづく。

今日も読んでくれてありがとうございます。
毎日、家でご飯を作っている、という息子に「茅乃舎のダシ」「ふりかけ」「麺」などを与えた父ちゃんなのです。やっぱり、料理好きな子に育ったのがとっても嬉しい。ま、焦らずゆっくりとぼくらなりの向き合い方で向き合っていくのがいいのでしょうね。今度、泊りにおいでよ、と言っておきました。あはは。

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