JINSEI STORIES
滞仏日記「ぼくの傍から見事に離れない。ぴたっと寄り添う三四郎に胸キュン」 Posted on 2022/11/27 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、とにかく、三四郎が朝から晩までぼくから離れないのであーる。
ずっと、どこに行くにもついてくるのだ。お風呂に入っている時も、料理をしている時も、トイレにまで・・・。
「さんしー、あのね、向こう行っといて、集中できない」
じーっ。
「だから、あっちに行きなさい」
じーっ。
嬉しいけど、やりにくい父ちゃんなのであった。
朝、長谷っちに引率されて、三四郎の犬仲間たちの園へと連れて行ってもらった。へー、こんなところに犬の放し飼いランドがあるんだね、と驚いた父ちゃんであった。
一月以上、パリを離れている間に、生活空間が一変していた。そこにはアドリアンもピエールもマーシャルもロジェも誰もいないのであーる。
犬たちと、その飼い主がいた。
ラブラドールから柴犬から、様々なわんこたちが集まっておいかけっこや甘噛み大会をやっている。それを見守る20人くらいの飼い主さんたち・・・。
長谷っちとマントさんは毎朝、ここに三四郎を連れて来て走らせていたのだ、という。
「ここで30分くらい走り回ると、あとは夜まで軽い散歩で済むんです。みんな元気ですからね。体力を使い果たすようです」
「へー」
田舎の浜辺と同じ感じであった。みんな、リードを外している。こんなのが許される世界が都会の中にあるのだ、と驚いた。
「なんか、どこかの区でもうすぐ犬専用の公園が出来るそうですよ」
「へー、パリ、すごいね」
※三四郎がこちらのムッシュの前から動かないのは、実はこっそりと三四郎にだけ餌を与えているからなのだ、そう・・・。それを待っている三四郎。「先生、そろそろ来ますよ」と長谷っち。すると、ムッシュがポケットから何かを取り出し、三四郎に食べさせた。他の犬たちがそれをみつけて集まって来るのだけれど、その時は、もう遅い。ムッシュはさっと自分の犬の方へと歩いていく・・・。さんしーの粘り勝ちなのであった。あはは。
朝の9時から10時半くらいまで濃厚な散歩タイムが続く。長谷っちとマントさんが作った生活のリズムなので、ぼくはそれを引き継ぐことにした。(この公園まで歩いて20分くらい、いい散歩になる)
「ありがとう、長谷っち」
帰りにバゲットを買って、家路についた。
昼はしらすのペペロンチーノにした。
油を使わずパン粉をから炒めしたものをパスタにまぶし、その上にしらすを散らして食べた。超うまい。炒ったパン粉が僅かに香って、素晴らしい味わいがペペロンに。しらすとのコンビネエーション抜群~。
料理のあいだ中、ずっとぼくの足元にまとわりついて離れない三四郎なのであった。
「危ないから、あっちに行きなさい」
じーっ。
「三四郎、動けないから、もうちょっと向こうに行ってよ」
じーっ。
出来た料理をキッチンのテーブルで食べているあいだも、さんちゃんはずーっと父ちゃんを見上げ、まとわりついてくるのであった。
やれやれ。
午後、仕事の時も机の下にいて、動かない。
じーっ。
「そばにいたいの?」
じーっ。
NHKのSさんに貰ったさつまいもチップスを一つあげた。大事に食べている。愛おしい生き物である。
ぼくが地球カレッジの課題エッセイを一つ一つ読み込んで推敲していた時も、三四郎はぼくの後ろにある一人掛け用のソファでずっとまどろんでいたのである。かわいい。
あまりに静かなので、振り返ると、あれ、寝ちゃったのかな?
目が半分開いているのだけど、よく見ると、寝ているようであった。
手を翳しても反応がない。
前脚が、幽霊みたいにテロんと垂れ下がっている。まるでぬいぐるみのようじゃないか。
父ちゃんの冬用のコートの上が気持ちいいのであろう。時々、バフっ、とか言うので、慌てて振り返ると、おやおや、寝言であった。
目が覚めたら、事務所スペースのちょっと広い場所で、一緒に鬼ごっこをやった。
男の子なので、多少、乱暴にするくらいがちょうどいいみたいで、抱えて、高い高いしてやると、あはは、楽しそう。
「そうなのか、三四郎、そうなのか、嬉しいのか、そうか、そうか、いいねー」
じーっ。
あはは。たまらん。
夕方、三四郎の面倒をみてくださった椅子の修復士のマントさんとカフェで合流し、お土産を手渡した。(せんべいとか、お餅とか、昆布とか・・・)
「ありがとうございました」
「いえいえ、本当にいい子でした。吠えないのよ。でも、夜になるとドアの前で門番をしてくれるから、さんちゃんがいた間は本当に安心をして眠れましたの。あの、辻さん、たまにでいいのですけど、2,3日、お仕事に集中されたい時には、うちで預からせてください。その、三四郎ロスで今はとっても寂しくて・・・」
そうだろうな、と思った。
「もちろんです。きっとそういうタイミングがあると思うのでよろしくお願いします」
夕方、父ちゃんはお風呂に入った。
裸になって、寝室から風呂場まで行くと、三四郎がテケテケと後ろからくっついてきた。ぼくが湯舟に浸かっているあいだも、ずっと下で待っている。
ムッシュが帰って来て、安心しているのだね。嬉しいなぁ。
そんな風に、ぼくのことを必要としてくれる生き物がこの世にいるって思うだけで、なんだろう、頑張らなきゃ、と思えてくる。
この子がいるので、ぼくはもう寂しくない。
「三四郎、ありがとね」
傍から離れようとしない三四郎、やっぱり寂しかったのだな、と思ったら、胸がきゅんとなってしまったじゃないか。
オランピア劇場のライブが終わるまではフランスを出ることはないので、さんしー、ここからはずっと一緒なのだよ。わんわん。
つづく。
今日も読んでくれてありがとうございます。
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