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滞日日記「居酒屋というのは何が起こるかわからない、運命のオアシスのような場所」 Posted on 2022/11/12 辻 仁成 作家 パリ

滞日日記「居酒屋というのは何が起こるかわからない、運命のオアシスのような場所」

某月某日、今日は夕方から新しいミュージックビデオの撮影をやった。
西麻布&六本木界隈で、カメラマンの大ちゃんと二人での撮影であった。ちょうど昨日からけやき坂?のイルミネーションが灯りだしていた。
東京タワーがエッフェル塔に負けないくらいライトアップされていて、可愛かった。
入籍三日目の大ちゃんと離婚10年目になろうかという父ちゃんの迷コンビであった。
「大ちゃん、都会は誘惑が多い。キャバクラとかに誘われても行っちゃだめだよ」
「辻さん、ぼくは結婚三日目ですよ」
「じゃあ、三年目だったらどうするんだよ」
「え? いきません。ただ、うちの嫁はそういうのも全部ひっくるめてぼくがそういう不埒なことはやらないと信じている子なんです。愛ですよ、愛です」
こういうことをさらっと言いやがって、この野郎。父ちゃん、羨ましいぞ。
「夜の帝王に一緒に行こうって、言われたことはないのか?」
「ええ? いま、そういうところつつきます? 辻さん、キャバクラ経験ないんすか?」
「ない」
「さすが、昼の帝王だ」
「なんだって?」
ぼくらは笑いあった。この野郎め・・・。
「ところで、キャバクラって、どういうところなの? ぼくはマジ行ったことないから、知らないんだ」
「別に、普通っすよ。高級クラブの若者版です」
「詳しいね」
「あ、いやいやいや、常識ですよ」
「じゃあ、何が違うのクラブと」
「ええと、高いだけです」
「いくら?」
「ええと、二人で12万円くらいって、Hさんが言ってました」
「へー、Hさん、お金持ちなんだね」
映画「アカシア」で招待された東京国際映画祭以来のヒルズだったので、博多のキャナルシティしか知らない大ちゃんが、
「辻さん、すげーっす。キャナルの十倍はでかいっすね~」
と上京人間らしい感想を述べてぼくを笑わせるのだった。
ぼくらは六本木交差点で、撮影をやった。意外と人がいなくて、がらがらの六本木であった。
大ちゃんは人が多いと驚いていたが、ぼくが若かった頃の六本木はもっともっと活気があった。コロナのせいだろうな、と思った。
パリと博多からやって来た田舎者二人が、大都会東京におったまげた感満載の、ヴィム・ベンダースばりの、ロードムービーPVとなりそうな、予感であった。
※ 監督は大ちゃんなので、お楽しみに。12月頃の公開を予定中。
ニューアルバムのミックスダウンとマスタリングをしながら、映画の仕上げをやりつつ、ミュージックビデオの撮影をしている相変わらず回遊魚の父ちゃんであった。おっと、小説も書いている。(三田文学で連載中)
「大ちゃん、ところで、ぼくは行きたい店があるんだよ」
「へー、どんな?」

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「十数年前かな、一度、ふらりと立ち寄った居酒屋だけど、そこのメンチカツとおでんと焼き鳥が死ぬほど美味かったんだ。美味しい記憶って忘れないものだね」
「行きますか?」
ということで撮影の途中、ぼくらはその店を探したのだった。
「この路地だったと思う。記憶が正しければ」
すると、そこに見覚えのある赤ちょうちんが出現したのである。
「おお、ここや」

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「マジすか、でも、満席って、張り紙が」
「がっかり、夢だったのに」
大ちゃんが交渉をしたが、おかみさんに謝られたので、諦めることにして、歩きだしたら、おかみさんが走って来て、
「ちょっと待ってくだされば、席があくかもしれません」
と呼びとめられたのだった。お、やった・・・
ぼくらはカウンターに座り、いろいろと注文をした。キャベツ、おでん、ソーセージ、メンチカツ、牛タン、牡蠣のオイル煮・・・
「辻さん、めっちゃうまいっす。マジ、博多では食べられん味っす」
大ちゃんの横にいた外国のお客さんが、日本語で、
「でしょ、美味しいね」
と言った。ぼくが英語で、どこから来たのですか? 日本語上手ですね、と言ったら、どばーっと日本語で、サンフランシスコから来たんだけど、最初は福岡の城南区住まいだったんだよね、と言い出し、ぼくら九州勢は大笑いとなった。
またまた、不思議な居酒屋ご縁で、サムさんと仲良くなった父ちゃんであった。
そしたら、料理長のマダムが、いきなり、
「辻さん、(いきなり言われて否定もできなかった、あわわ)、あのね、野本さんが先月来たんですよ」
とさらに、さらに、いきなり言い出したのである。
「野本、野本って、パリの、あの日本語をまともに喋ることのできない、まさか、あの野本ですか? ここに?」
「ええ、来ました。料理人の青年を連れて」
「あ、学君かな。焼き鳥屋の」
「そう!」
というのは、パリのうどん屋「国虎屋」はこの秋から焼き鳥に生まれ変わるのであーる。最新情報です。
それで野本は焼き鳥職人を探していたので、顔の広いぼくが「学君」を紹介したのであった。あはは。
野本の凄いところは彼をフランスに連れ出すために、わざわざ先月、単身、東京へと赴いたのであった。
実は、学君はもともとフレンチの料理人を目指したこともあり、フランスに行ってみたいという願望があった・・・、なので、仲介し、野本氏を紹介したのである。
しかし、残念なことに渡仏はなかなか勇気がいることなので・・・。※焼き鳥経験豊富な若者の皆さん、パリ国虎屋が職人募集中です!
世界があまりに狭すぎて、驚いた父ちゃんなのであった。
ともかく、必死で探した店は、あの、野本も大好きな居酒屋だった、という、オチ・・・えへへ。

滞日日記「居酒屋というのは何が起こるかわからない、運命のオアシスのような場所」

滞日日記「居酒屋というのは何が起こるかわからない、運命のオアシスのような場所」

そして、最後は、みんなで記念撮影とあいなった。
世界はまことに狭い、そして、人とのつながりはまことにでかい。
一千万以上の人がいる東京なのに、入る店入る店で、誰かと繋がっていく、このご縁の不思議。
まさか、10年ぶりの焼き鳥屋さんで野本の話まで飛び出すことになろうとは・・・。
それにしても、のもちゃん、あんた、どこまでも、くっついてくるねー。

滞日日記「居酒屋というのは何が起こるかわからない、運命のオアシスのような場所」

つづく。

今日も読んでくれてありがとうございます。
ミュージックビデオのメイン撮影地は六本木レジデンスというホテルの屋上と駐車場で行われました。ここは映画「東京デシベル」の舞台となった場所でもあります。ここのバーでぼくは珍しく大ちゃんと飲みましたが、話題は、結婚生活をどうやって円満に過ごしていくのか、という複雑な内容でした。父ちゃんは、死んだふりをしておりました。はい・・・。えへへ。

地球カレッジ



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