JINSEI STORIES

第六感日記「ぼくにつきまとう幽霊がぼくにちょっかいを出してきた。むむむ」 Posted on 2022/11/02 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、ちょっとおかしい。
ずっと日本に入ってから、何か変な邪気に付きまとわれている、ということは到着日の日記からすでに何度かここに書いてきた通り。
博多の櫛田神社でお祓いというかお参りをさせていただき、多少体調を戻すこともできた。(ありがとうございました)
ところが、今日、エレベーターホールに立っていた時に、或る異変がおきたのであーる。
この建物は、ワンフロアに二軒、入っている。エレベータホールはホテル並みに広い。しかし、窓がなく、薄暗いのだ。
幅は、広く、4,5メートルくらいか。ぼくの部屋からお隣までは15メートルくらいある。
とにかく、がらんとしたホールに、エレベータが二基あり、その時、ぼくは中央に立ち、下りのボタンを押したのだった。
この滞在中、お隣の人と会ったことはない。長い廊下の突き当りがお隣さんになる。
その時、ぼくしかそこにはいなかった。くだりのボタンを押して、間もなくのこと、ドンと誰かがぼくにぶつかった。
一瞬のことで何が起きたのかわからなかった。
でも、そうだ、体当たりされたのだった。慌てて、振り返ったが、誰もいない。
薄暗い正面の壁しか見えない。
でも、人間がぼくにぶつかった衝撃が背中に残っている。体当たりをされたのは間違いないのである。
その時の肉の感触とか、頭部なのか、ぼくにぶつかった何か人の気配?が残っていた。
驚き、ぼくは周囲を振り返った。ぐるぐる何度も身体をひるがえし振り返ったが、マジ、誰もいないのである。
携帯を取り出し、やみくもに撮影をしてみた。
ここははっきりさせないとならないと思い、非常階段へと走った。
お隣の家の横まで走らないとならない。
背筋に悪寒が走った。
非常階段のドアノブを掴みまわしたが、か、鍵がかかっていた。



ぼくはエレベーターホールを振り返った。
そこから自分が滞在している部屋までまっすぐ、15メートル。
結構広い空間なのだ。
見渡すのだけど、何もない。誰もいない。
でも、ぼくに体当たりした何かには意思があった。
変な言い方だけど、生き物のような存在感があった。
ぶつかった場所を触ってみるのだけれど、特に濡れていたり、痛みがあるわけではない。
ぶつかってきた何者かの記憶だけが残った。
もう一度、非常階段横のゴミ捨て場のドアを開けて中を覗いてみたりしたが、もちろん、何もなかった。すると、背後で、ドアの開く音がした。
張りつめていた気持ちが弾けそうになった。
声が出かかったが、そのまま、背後を振り返ると、お隣の方、外国人だったけれど、その人が顔を出してぼくをじっと見ていた。
「ごめんなさい。あの、隣の者です。その、・・・」
「ああ、なんか、がちゃがちゃするから。何か御用ですか?」
訛りのある英語だった。もしかしたら、ドイツ人かな、と思った。ドイツ語に近いアクセント・・・。
それで、さっきのことをしゃべってみた。
エレベーターを待っていたら、背後から誰かにアタックされたのだ、と。
その人は怪訝な顔をしたけれど、興味深いことも言った。
「あ、ぼくも一度、後ろから抱き着かれたことがあった・・・小柄な人に」

第六感日記「ぼくにつきまとう幽霊がぼくにちょっかいを出してきた。むむむ」



「ほんとうに?」
「でも、振り返ったら、誰もいませんでした」
ぼくらは肩を竦めあった。じゃあ、よくあるということで・・・、と言い残してぼくは自分の宿へと戻って行くことになる。
この辺は坂道が多く、昔は古戦場だったと、受付の人に聞いたことがあった。
前にも一度、鎧を着たサムライの人が寝室を過っていくのが見えた、ことがある。
ぼくはどうもそういう幻想を見る癖があるので、お前、ちゃんと見たのか、と言われると自信がない。
でも、霊体に囲まれて、覗きこまれたこともあった。そういう土地なのだ、とは思う。
部屋に戻り、玄関に塩をまき、いつもの元三大師のお札を取り出し、ドアに貼った。
鬼門を封じ、塩で、身体を洗った。
やれやれ。生きているのでさえ大変なのに・・・。



つづく。

今日も読んでくれてありがとうございます。
ドンとぶつかった瞬間、ぼくは倒れるのではなく、誰かに押されるような、そこから身体全体が投げ出されるような恰好になって、・・・思わず、両手で目の前の壁に手をつかなければならなかったほど、だったのです。
ぼくが自分でよろけたりしたわけでもないのでした。手を着いたまま、背後を振り返り、もう一度周囲を360度振り返ったのだけど、何もなかったのです。慌てて、携帯を取り出し、その何か感じる壁を撮影したのだけど、やはり、何も映ってはませんでした。あれは、なんだったのだろう・・・。霊感が強いというか、疳の虫が強いだけか、こういうのはあまり気持ちよくないので、幽霊の皆さん、ごめんなさい、もう、ほっといて・・・。今日はやすみます。

さて、お知らせです。明日、11月3日、文化の日の夕方の放送になります。
●再放送「ボンジュール!辻仁成のパリごはん〜 2022 夏〜」
【BSP】 11月3日(木) 午後4時35分~〜5時34分
お楽しみに!

第六感日記「ぼくにつきまとう幽霊がぼくにちょっかいを出してきた。むむむ」



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