JINSEI STORIES
滞福日記「ついにクランクアップしたのだけど、それでもまだわからない」 Posted on 2022/10/26 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、2019年に撮影がはじまった映画がついに今日、クランクアップしたのであーる。おおお、、、、、
信じられない瞬間であった。
辻組は着実に前進をし続け、全130シーンを超える大作映画をついに撮りきったのであった。
2019年から撮影をはじめ、じつに3年の歳月を費やし、最後のシーンを撮り終えた瞬間、不思議なことに、感動ではなく、ぼくは今までに味わったことのない達成感の中にいた。
正直、映画が動かなくなった2019年の終わりには「もうだめだ」と諦め、コロナ禍が始まった2020年の3月には「完全に終わった」と思っていた。
どんなにぼくが頑張っても、どうにもならない問題しかぼくの前にはなかった。
ロックダウンの中にいて、絶望しかなかったあの頃、ぼくはこの映画のことを頭の中から消し去ろうと必死だった。本当に、消し去ることしかなかった。
でも、今日、奇跡の一つが起きて、不可能だと思っていた映画がクランクアップしたのである。
「カット!」
とぼくが言った瞬間、この映画は現実、クランクアップしたのだ。
「監督、もう、本当にいいんですか?」
カメラマンの大ちゃんが言った。ぼくの中で、映画は繋がっていた。本当に、これで終わりだ、とぼくは思った。ぼくにしか、わからない瞬間だった。
「クランクアップ!」
ぼくは大声で叫んでいた。
スタッフ一同、みんなの中からどよめきというか、拍手が起こった。
ぼくも信じられなかった。ただただ、信じられなかった。涙さえ出なかった。
撮影は終わった。ぼくは台本を捲った。すべてのシーン(130シーン)がすべて埋まっていた。おい、マジかよ、撮り終えたじゃん・・・嘘やろが。
でも、それは現実だった。嘘じゃなかった。夢でもなかった。
本当に、静かな達成感の中にぼくはいた。奇跡が起きたのだ。
何度も映画が中断をし、何度も絶望を味わったけど、そういう時に、ぼくはひたすら自分に言い聞かせたことがある。
自分からは「もうおしまい」とは言わなかった。
スタッフがみんないなくなった時でさえ、ぼくは自分からやめるとは言わなかった。「負けてもいい、でも、挫けた時が本当の終わりだ」と心の底で言い続けていた。
新しい人たちが出現し、なぜか、映画の灯は再びおこった。
そして、一度消えた蝋燭が再び灯ったのだった。
人が集まってきた。一度やめた人もその中にいたし、今回は地元、福岡の若い映画人らが、集結をして、最後はボランティアの力も借りて、この作品は完成をしたのだ。
今日は、九州大の学生まで動員し、九大の先生からお弁当まで頂き、最終日は雨にも負けず、ぼくらは撮り終えることになった。
もっともっと多くの方の力を借りて、この作品は成し遂げられたのだった。お金を届けに来てくれた方々もいる。ビールやジュースを頂いた。
そして、クランクアップ。なぜだろう、ぼくは涙も出なかった。
なんでだろう。信じられないのである。
そして、映画はここからが後半、仕上げの段階に突入をする。
「初号」と言われるスクリーン上映の時まで、まだ完成ではないのである。
※ 主演の蓮司役、そうた君、6歳・・・泣いてお母さんの背中に抱き着いている・・・。その瞬間だった。一人一人、役者の撮影が終わっていく。一人の役者の出番がすべて終わることを「オールアップ」という。今日、次々に中心的役者がオールアップしいき、撮影部隊から去っていった。
※「オールアップの瞬間」蓮司役、2019年の主役、おにいちゃんのはやと君(泣いている方)、そして2022年の主役、弟のそうた君。これも、奇跡であった。弟がいるよね、弟の写真を見せて、とぼくは言ったのだ。この二人が一人になって、映画は完成いている。
しかし、クランクアップしなければ、完成もない。
その大きな難関に到達したということは言えるだろう。ぼくは明日から残りの編集作業に入り、東京で仕上げチームと合流し、映画の完成を目指す。
この映画のプロデュースチームが本当にそこまでやり切れるのか、はまだ分からない。
ここから、次の難題をぼくは抱えることになる。一応、スケジュール帖の上では11月23日に映画は完成することになっている。
でも、どこでダメになるか、わからない。そのことをぼくはよく知っているから、浮かれてはいない。撮影後、ぼくはスタッフと乾杯をした。でも、笑顔のスタッフとは別に、次の課題にむかって、素面の自分がいた。
「合言葉は熱血」
最近、ぼくはこう言い続けている。
言葉にすると簡単な呪文ではあるが、心の内側は傷だらけである。ぼくはぼくに「おつかれさん」を言わないとならないだろう。そして、ぼくは自分にはっぱをかける。
「もうちょっとがんばろう。ゴールはまだもう少し先にある。今は苦しくても、そこまでは気を抜くな。ひとなり、がんばるんだ。がんばるためにお前は生まれてきた」
※ そしてクランクアップの瞬間、映画チーム全員が去って行った。
つづく。
今日も読んでくれてありがとうございます。
よくわからないのです。まだ、実感できないのです。南極大陸の中心には到達できたのだけど、ここから戻らないとならない、そういう冒険家の気分なのです。そして、ここから戻る気力を今はかき集めているところです。明日から、ぼくは映画の編集に入ります。皆さん、応援ください。皆さんに、この素晴らしくなるだろう作品を劇場で観て貰いたいのです。この映画がスクリーンに上映された瞬間、ぼくは、泣いてもいいですか?
さて、お知らせです。
「ボンジュール!辻仁成のパリごはん〜 2022 夏〜」の再放送が決まりました。小さな声で、よっしゃー。
11月3日、文化の日の夕方の放送になります。
●再放送「ボンジュール!辻仁成のパリごはん〜 2022 夏〜」
【BSP】 11月3日(木) 午後4時35分~〜5時34分
最後に、福岡の撮影スタッフ・キャストに心から感謝を言わせてください。
宗 大介、地福聖二、中島信和、松本数秀、天希衣絵菜、長谷川テツ、平田美紀、喜多村容子、大久保絹枝、松下史典、大窪謙志郎、櫟山遼平、米須清之介、深田光哉、中堀良栄、梁井七海、大谷雪乃、海老原瑞希、内田綾乃、音成幹、林寛人、青木施恩、角田文武、摂津大展、井上将太、松本晃尚、竹崎彰悟、古賀迅人、古賀蒼大、城戸咲菜、村井良大、山本由貴、奥田幸治、鶴賀皇史朗、荒木民雄、大國千緒奈、万丈、福澤究、徳永玲子、鹿、喜季、悠乃、井口誠司、長谷川テツ、あやんぬ、髙橋佳成、後藤恭平、北島タツロウ、伊藤由紀、にこにこぷんぷん、岡住晴美、世良公則、佐藤浩市、才田浩輔、佐藤ゆかり、相川満寿美、平田武志、のみなさんに多謝。製作委員会の皆さん、ボランティアの皆さん、支えて管会ったすべての皆さんに感謝なのである。そして、2019年当時の撮影チームにもありがとう。(ごめんね、だれか漏れていたら、すぐに、追記しますから、申し出てくださいね。みんな、本当にありがとう)