JINSEI STORIES
退屈日記「信じられない!フランスの引っ越し屋さんのスーパーテクニック!」 Posted on 2022/10/01 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、先ほど、ついに、引っ越しがはじまったのであーる。
朝の7時に引っ越し屋さんの第一陣が到着した。
同じころ、仮弟子の長谷川君こと長谷っちがやって来た。(かなり、がんばってくれている)ボスのマルコさんがアパルトマンを見渡し、おお、頑張りましたね、と合格点をくれた。
長谷川に感謝であーる。
引っ越し屋さんは4人やってきたが、一人ははしご車の運転手さんで、上がってこない。
下で、場所どりとか、荷物が盗まれないかトラックなどの監視役である。
なので、屈強な体躯の3人が荷物をすべて運び出すのだ。もうぼくらはすることがないので、来ないでもいいよ、と言ったのだけど、仮弟子(まだ、仮です)の長谷っちが「先生、いいえ、最後まで見届けさせてください」とぐっとくる一言を言い放った。
気管支炎はほぼほぼ完治、明け方にちょっと痰が絡む咳が出る程度まで、回復傾向にある。よし、引っ越し、がんばらないと!
「先生!」
と、遠くで、ぼくをよぶ長谷っちの声。
「ん?」
手招きをしておる。窓際まで走って行き、下を覗いてびっくり仰天であった。
「せぱぽっしーぶる!(信じられない)」
停車中の二台の車の狭いスペースに、彼らは、このでかいはしご車を縦列駐車させようというのである。
どうみても、それは不可能な状況であった。
ちなみに、フランスの引っ越しは、ほとんどの荷物を窓から出し入れする。ちょっと日本人的にはにわかに信じられないことだと思うが、すでに6回の引っ越しを経験している父ちゃんにはこれから何が起こるのか、よくわかっている。
さっそく、自撮り撮影の開始であった。よっこらしょ。
「先生、これ、さすがに無理っすね」
「いや、でも、停める気でいるよね。はしご車ってね、梯子をまっすぐしか伸ばしたらいけないんだよ。斜めにかけると、負荷がかかり、大事故につながる。地面からまっすぐこの窓まで一直線に梯子を伸ばすなら、あそこに車を入れないとならない」
「はー、あそこ。車のサイズより、狭いと思うんですが」
「それでも、いれるんだよ」
まず、場所取りがとっても大事になるので、はしご車の運転手さんは2時間くらい前から場所取りのために、奔走するのであーる。
「先生、ぼくには後ろのミニクーパーにはしご車が当たっているように見えますけど。あれ、やばくないっすか?」
「いや、長谷っち、あれは、あたってないよ。1mm、空間がある」
「まじっすか」
当たりそうになると、後ろにいるマルコが、はしご車を叩く。運転手さんはハンドルを切る。5mm前進、5ミリ後退しながら、じわじわとトラックを入れていった。
「すげー」
長谷川が感動している。
「長谷っち。ぼくはちょっと買い物に行ってくる。今日は長丁場だから、昼ごはんとか飲み物が必要だろう?」
「先生、ぼくが買いに行きますよ。それは書生の仕事ですよ」
「いや、パン屋のヴェロニクさんにご挨拶にも行きたいから、ぼくが行くよ。ちなみに、君は何サンドがいい?」
「先生、いいんですか?」
「いいよ」
「じゃあ、サーモンのサンドイッチがいいです。あ、できれば、クリームチーズ入りの」
「あはは」
ぼくは、4人の引っ越し屋さん、一人一人に何が食べたいか、聞いて回った。二人がチキン、一人がホットドッグ、もう一人がカマンベールチーズのサンドということであった。なんでもいいです、とはだれも言わない。そこがフランス!
まだ、午前中だから、パンが出来ていない。チキンのサンドはケースになかった。
ぼくはオーナーのヴェロニクに直接、注文をした。
「どう? 引っ越し」
「なんとか、大変だけど、はじまったよ」
「うまく終わるといいわね」
「うん、ここでサンドイッチ買うのが今日で最後だと思うと寂しいけれど」
「ムッシュ。また、いつでも遊びに来てよ。パリなんて狭いんだから」
ということで、サンドを買ってかえると、おおお、すげー!!!!
なんと、はしご車、縦列駐車完了しているではないか。
「すごいね」
「先生、まじで、不可能を可能にしました。うしろのミニを二人で抱えて少し後ろにずらしたんです。長谷川、惚れました」(逆に、ミニが出る時は、4人全員でミニを抱えて道まで出すのであーる。あはは)
ということで、ここから、本格的な引っ越しがスタートする。どうやって荷物を出し入れするのかは、明日の朝の滞仏日記「引っ越し顛末記」をお楽しみに。
「先生、携帯で何書いてるんですか?」
「日記だよ」
「日記? 今から配信するんすか? 携帯で書けるんですか?」
「作家はね、どこでもいつでも書かないとダメだ。いいかね、こういうことを、学んでいきなさい。盗むんだ。技術をぼくから」
つづく。
今日も読んでくださり、ありがとうございます。
強力な助っ人、仮弟子の長谷川君のおかげでぼくは三四郎の面倒をみながら、マイペースで状況を見ていくことが出来そうです。引っ越しは、日本時間の深夜までかかるので、詳細は明日・・・。長谷川君ですが、一生懸命働いてくれるので、引っ越しが終わったら、本弟子にしてあげようかな、と思っている父ちゃんなのでありました。ちゃんちゃん。