JINSEI STORIES
滞仏日記「結局、今日、三四郎をジュリアに預けないとならなくなった」 Posted on 2022/09/27 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、結論から言うと、引っ越し日の延長が出来ることになった。これは非常に珍しいことである。
ぼくの名抗議文?が功を奏したのか、大家さんは「問題ないよ」と。運送会社さんからは「開いている日を調整します」と連絡が来ただけで、いつになるかは、まだ、わからない。「病気なら仕方ありません」というお返事であった。
そして、ジュリアからは、
「ムッシュ、気管支炎を患いながらの引っ越しはキツイですね。もちろん、うちで対応させて頂きます。けれども、一つ困ったことがあって、私、夏中、皆さんのわんちゃんたちを預かったじゃないですか、今、まさに夏休みをとるところなの。毎年、この時期がわたしの夏休み。家族4人で、パパとママと弟と、南の方を旅するんだけど、今日の夕方には出発してしまいます。で、これも相談なのだけど、留守中、サンシーとも、とっても親しい私の恋人のステファンが近所の彼のアパルトマンで、うちの子(三四郎と仲良し?のフレンチブルちゃん)の世話をするんですけど、ステファンが面倒をみるのでいいなら、彼が、預かることが出来ます。サンシーとステファンはもの凄く仲良しだし、ステファンはOKよ。その場合、申し訳ないのですが、今日、17時半に、うちまでサンシーを届けに来ることは可能ですか? 」
おっと、今日か! でも、ナイスタイミングであった。ベルベルのマリア様のおかげかもしれない。(詳しくは昨日の日記をご参照ください)
ぼくに選択肢はなかった。
昨夜も一睡もできなかったけれど、風邪やコロナではないので、平熱、喉も痛くないし、元気だから、三四郎を郊外のジュリアの家まで送ることくらいなら問題はない。引っ越しが終わるまで、三四郎は三四郎の人間関係を楽しめばいい。
ということで、車を走らせることになった。レッツゴー。
きょとんとした顔の三四郎は、何も知らず、数日また下宿生活となる。
でも、これは仕方がないね。
そういえば、今朝、ちょっと疎遠いなっていた友人から、「犬の散歩や救急病院行くのくらい手伝うわよ」と、メッセージが届いた。
離婚した時に、それまで親しくしていた日本の友人たちとは(嫌な思いもあって)ちょっと距離をとることになった。
噂好きな人が好き勝手なことを言いふらすものだから、週刊誌の記者が息子の小学校まで、撮影にきたりして、息子を悲しませた。これは十年近く経った今でも、続いていて、先日、業界の人に、辻さんの噂を長年パリで暮らしているマダムから聞きましたよ、ひひひ、モテるわー、と言われて憤慨をしたことがあったばかりだ。(この件も、過去日記に譲ります。人間って、なんで他人をほっとけないんでしょうね? やれやれ)
そんなこんながあるものだから、面倒くさいので、Aにも、連絡を控えていたのだ。
「日記を読んだけど、家が近いんだからさ、苦しい時は連絡をしてよ、みずくさい」というようなメッセージであった。
不意に、友だちが戻ってきた・・・。あはは。
とまれ、噂好きな人とか告げ口好きな人は、絶対避けて生きてほしい。そして、気管支炎と引っ越し、これもぜったいに避けてほしい。ぼくからのお願いである。治るものも治らなくなってしまう。
ジュリアの家に着くと、(BS「パリごはん」で、ぼくが涙目で三四郎を見送った)駐車場にジュリアが、その恋人のステファンとぼくらを待っていてくれた。ジュリアを見た瞬間に、三四郎が高速で尻尾を振りはじめ、いつものごとく、ううう、うれしょーん。
あはは。
やると思っていたけれど、やりやがった。
ステファンとは一度、面識があった。ああ、やっぱり、この子か!
ちゃんと話すのははじめてだったが、物静かで(ジュリアとは対照的で、笑)控え目な好青年であった。動物好きなんだろうね、二人は・・・。
「君だね。よろしく」
「はい、まかせてください。ぼく、サンシーは大好きだから」
小さな声で、青年は、そう言った。はにかむような微笑みから人柄が伝わって来る。噂話とか絶対しないような真面目な青年に見えた。
「ムッシュ。今週、いっぱいはステファンが対応できます。私も日曜日には戻るので、それ以上、引っ越しがかかるようならば、そこからは私が引き受けますね」
安心して、預けられる人たちである。とりあえず、ほっとした。
ぼくは二人に三四郎の餌を(とりあえず一週間分)手渡し、自宅を目指すことになった。
まずは、Aにでも電話をして、手伝って貰おうかな、とも思った。飛んできてくれるかもしれない。いや、でも、やめておこう。
ぼくは、自力でやるのが好きだ。誰かに助けてもらうと、ぼくのようなスクエアな人間は、逆に気疲れして、面倒くさくなってしまう。
なんだって、自分でやれば、一切、誰にも迷惑がかからないのだから・・・。
「最近、どうしているの?」
Aにメッセージを送った。
「物静かなフランス人の彼とその娘さんと三人暮らしよ」
「へー、いいね。ぼくも物静かな人がいいな」
返事は戻ってこなかった。あはは。
家に戻って段ボール箱を組み立てていると、ジュリアから動画が送られてきた。三四郎が、ステファンの膝の上に飛び乗って、遊んでいる、幸福な動画であった。
ジュリアのパパとママも映っている。ぼくの傍にいるよりも、うんと、幸せそうだから、泣きそうになった。ごめんね、サンシー。
ぼくは、咳をこらえながら、段ボールをガムテープで組み立てていくのだった。
つづく。
今日も読んでくれて、ありがとう。
日々、生きているといろいろとありますね。Aには許可もとらずに書いているので、怒られたら、あとで削除します。えへへ。友だちって、これまたいろいろだから、自分の世界を狭めないように、心を開いて生きていかないといけないですね。合言葉は熱血!
はい、さて、そんな熱血気管支炎父ちゃんからのお知らせです。
早くも「夏ごはん」の再放送も決まりました。本放送をお見逃しになった皆さまもいらっしゃると思いますので、どうぞ、ご覧ください。
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●「ボンジュール!辻仁成のパリごはん 2022 夏」(59分)
【再放送日時】2022/9/27 (火)23:00~23:59<BSPのみ>
2022/9/27 (火)17:00~17:59<4Kのみ>
そして、そして、10月31日にオンライン講演会「プロの編集者から学ぶ。物書きを目指す方々への最強アドバイス」を開催いたします。そうなんです。父ちゃん、映画が完成をするので、10月の後半からまたまた日本出張になります。気管支炎、治さないと。
今回は、辻仁成のエッセイ集「息子とぼくの3000日」や、小説「孤独にさようなら」を担当した現役担当編集者2名を招いて、編集者サイドから考える、作家のあり方、物書きになるための道、新しい書き手へ向けての編集者側からのアドバイスなどを、オンライン講演会形式でお送りいたします。父ちゃんが物書きへの道を語りつつ、その都度、お二人にご意見を聞いて、より、深い講座にさせてみせます。ごほごほ。本当に一つ上の書き手を目指される方々に必要な講座となるでしょう。
同日、都内某所の特別教室にご出席希望される方から抽選で40名の方をご招待させて頂きます。
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