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滞仏日記「おバカで何が悪い!熱血父ちゃんの終わらない夢。語らず死ぬな。その2」 Posted on 2022/09/21 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、前回、無謀なことに、ビートルズやローリングストーンズがライブをやったパリの殿堂「オランピア劇場」での単独コンサートを夢見ている、とここに告白をしたならば、在仏の友人らから、「いくら有言実行でも、そんな無謀なことを日記に書かない方がいい」
と忠告を受けてしまった。
ここフランスで、オランピア劇場の知名度は、日本の武道館に匹敵する。
世界中のアーティストが立ちたい夢の会場なのである。
しかし、審査も厳しく、製作費は武道館並みに高い。ちなみに、武道館の製作費は1000万円をらくらくと超える。
日本武道館は武道の館なので音響設備や舞台そのものを設置しないとならないから、製作費がかかる。
オランピアも劇場だが、すべての音響照明設備を持ち込まないとならない。他の付帯設備を有する会場より当然高くなる。
チケットを売り切っても赤字になるようなそんな会場なのだが、一年先までスケジュールが埋まっているのは、世界中の有名コンサートホールと一緒だ。
初老に差し掛かっている父ちゃんには、敷居がめっちゃ高い・・・。
しかし、前回、お話をしたフランスのプロモーター、ベルトランとの出会いで、多少、可能性が出てきた。

滞仏日記「おバカで何が悪い!熱血父ちゃんの終わらない夢。語らず死ぬな。その2」

※ 楽器を積んでスタジオに行った。ハッチをあけると、三四郎が、やっほー。



これは去年の話だ。
渡仏20年、父ちゃんがフランスに渡る時、一つだけ、大きな夢を抱きしめて渡った。それが、オランピアの舞台に立って、歌うということだった。
無謀だが、もう後がない。そのころは42歳だった。それから20年が経った。ぐずぐずしていたら、もう立てなくなる。
62歳の今のうちに決めたい、と、ぼくは去年の誕生日に自分に誓ったのであった。
まだ、生きていた、秘書の菅間さんも、絶対できます、と応援してくれていた。先日、お墓参りに行き、必ずやるからね、と誓ってきた。←誓うのは自由である。

で、ベルトランと出会った後、お馴染み友人の野本氏と宮川氏をカフェ・フロールに呼び出し、作戦会議を開いた。
こういう時に頼りになるのはやはり、同胞の日本人である。
「どうしても立ちたいんや」
「立ったらええやん」と野本。
「立つだけじゃいけん。満席にしたいんじゃ」
「おお、やったれよ。何席?」
「2000超」
「にせんちょーーー?」
野本の眉間に皺が立った。
「辻さん、前回のMCJPのライブは何人入りました?」と宮川氏。
「300人」
「マイナス、1700人ですね」
野本が笑った。

滞仏日記「おバカで何が悪い!熱血父ちゃんの終わらない夢。語らず死ぬな。その2」

音楽プロデューサーのロブソン・ガリアノ。

滞仏日記「おバカで何が悪い!熱血父ちゃんの終わらない夢。語らず死ぬな。その2」

※プロモーターのベルトラン・トロペドー氏。トロペドーとは魚雷の意味であーる。大丈夫かなァ、ベルちゃん!!!



「ひとなり、満席にしたれ」
「おお」
「でも、どうやって」と冷静な宮川氏。
「君も手伝え」
と野本が言い出した。
「あそこにのぼりを建てようじゃないか」
「あそこって?」
「オランピアの前に」
ばかばかしい話し合いだったが、彼らが応援団を結成してくれることになった。夢を追うか、と三人はいきごんで冬のサンジェルマン・デ・プレへと、飛び出したのである。
ぼくはお金が必要になり、まずは、文化庁の海外コンサート支援金制度に書類を送ることになる。分厚い書類をベルトランの協力のもと作成し、送り付けることに・・・。
しかし、今年の春、待ちに待った文化庁からの結果は「落選」であった。
「議員選挙に落選みたいな衝撃・・・」
と思った。あはは。
そういう性質の支援金制度だったんだね。ううう、落選、かァ、ちょっと落ち込んだ父ちゃん。皆さん、ごめんなさい。落選しました~。涙。
とほほ、最初から、見放されてしまったじゃないか。
お金は持ちだす覚悟で、地道に集めるしかない。よし、貯金だ!!!!
その時から、真剣に貯金を始めることになった。単純な男・・・。
といっても、まだ、オランピアの審査を通ったわけではない。でも、何事も準備が必要で、決定してからでは、間に合わない。
「落選だったよ」
とベルトランに伝えた。
とりあえず、ぼくが62歳中にオランピアでライブを開催するのは無理とわかり、仕切り直しとなるのだった。今年の春のことであーる。

滞仏日記「おバカで何が悪い!熱血父ちゃんの終わらない夢。語らず死ぬな。その2」

※ ギターケースからはみ出るバゲット!!! 決意の剣であーる。



そして、春の終わり、ベルトランから、不意にSMSが飛び込んできた。
オランピア劇場の支配人さんとぼくのコンサートの可能性についてアポがとれた、というのである。アポがとれただけでも、凄いことだ。あぽーー。
「あぽー」
「あぽー」
あの、見た目はちょっと胡散臭い男なのだが、ベルちゃん、何度か会っているうちに心が通じてきたのだ、頑張るよ、とメッセージがもう一つ戻って来た。
ぼくは自分のライブの音源などを全部、ベルトランに託した。それを支配人は真剣に聞いてくれたのである。フランス語の本も送った。
ともかく、支配人のところに、日本のアーティスト「辻仁成」の存在が伝わった瞬間であった。たしか、5月か、6月の頭のことだったと思う。
少しずつだけれど、前進をしている。
どうやったら、オランピアでライブをやることが出来るだろう、とぼくは真剣に考えた。
そのために、必要なことは何だろう、と頭を絞った。
グラミー賞をとったフランスのアーティスト、DEEPFORESTとコラボをやり「荒城の月」を収録し、配信した。
この音源もオランピアの支配人に聞いてもらうことが出来た。
それでも、もっとフランスの音楽ファンに届けないといけない。
でも、これまでのレコーディング音源では弱い。ECHOESはちょっと古いかな・・・。しかも、今ぼくが目指してる音楽ではないし・・・。
そこでぼくは十年ぶりのフルアルバムのレコーディングをすることに決めた。
フランスから世界に今のTSUJIを届けないとならない。現在、プロデューサーのロブソンとやっているレコーディングはそれを見込んでの見切り発車だ。
オランピアがどうかわからないけど、決まったら、絶対、新しい音源が必要になる。
ロブソンと会って、予算の話とか、何処から出すか、など、相談をした。
日本のレコード会社さんからもいくつか話があったが、軸足をどこに置くか、というのは今のぼくにとっては、とっても大事なことだ。
ぼくは、パリに、軸足を置く。
今日もレコーディングだった。気管支炎なので、ギターを弾きながら咳き込み、何度か、中断したけれど、少しずつ前進をしている。老化が進んでいる。悔しい、時間がない。
夢だ、人間には夢が必要だ。
うじゃうじゃ言ってもダメだ。ぼくはそこへ向かう、と自分に言い聞かせて黙々と演奏をし続けた。死んだかつての仲間たちの顔が脳裏を過った。
「見てろよ」
とぼくはロブソンのスタジオで、咳き込みながら、小さくごちていた。



さっき、三四郎と散歩に出たら、三四郎のポッポ(うんち)が茶柱のように立った。ぼくは歓喜した。
「おおおお、ポッポ柱じゃんか。これはきっといい知らせが来る」
結論から言うと、いい知らせはまだ来ていない。
ただ、サンシーのポッポを屈んで掴み、立ち上がると、目の前にジェーン・バーキンの巨大なライブ告知があった。あぽー。
「おお、ジェーン、君もオランピアでやるのか! これは、なんの兆しだ!」
合言葉は熱血!

滞仏日記「おバカで何が悪い!熱血父ちゃんの終わらない夢。語らず死ぬな。その2」

つづく。

今日も読んでくれて、ありがとうございます。
いや、何の兆しもないんです。ベルトランからは、連絡ありません。(実現しなかったら、石でもなんでも投げつけて結構です)でも、きっと何かが動きだす、という兆しがぼくの中にはあります。そうやって、ロックダウン直後にセーヌ川からのオンライン配信もやりました。三四郎の茶柱ポッポがその証拠です。辻さん、あんた大丈夫か、ですって!? わかりません。でも、夢を諦めたら、ぼくはきっとすかすかになってしまう気がしてならないんです。ダメなら、ダメになった、と白状しますから、もう少し、父ちゃんのこの無謀に皆さん、お付き合いくださいませ。いくつになっても、夢を持つのはいいことじゃないですか・・・。
さて、そんな無謀な父ちゃんから、無謀ではない、お知らせです。
まずは、夏ごはん編をお楽しみください。
■「ボンジュール!辻仁成のパリごはん2022夏」
 本放送:2022/9/23 金曜日 22時〜22時59分
番組ホームページもできましたのでお知らせします。
https://www.nhk.jp/p/ts/6XW8NZ748V/episode/te/ERJW2WJQ8B/
そして「2022春」「2022夏」はオンデマンドが1年間になりました。
より長くオンデマンドでは視聴いただけます。

小説教室が本放送の翌日、9月24日(土)に迫ってきました。熱血でいきます。一度は小説を書いてみたいけれど、小説の敷居が高く感じて、なかなか書けないとお嘆きの皆さまに、わかりやすい、父ちゃんの小説講座です。愉しみながら、小説を書いちゃいましょう。
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