JINSEI STORIES
滞仏日記「ぼくと三四郎との奇妙な関係について」 Posted on 2022/09/18 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、犬は人間の友だちである。
ぼくは結局、寂しい人間だけれど、人や動物の世話をする、または後見人になることが、好きなのだ、と分かって来た。
息子が大学に通いだし、独立をした今、三四郎はぼくを映すかがみのような存在になった。
ものは言わぬが、心は通じている。
犬なので、必死に教育をしても、会話が出来るようになるわけじゃなく、育って立派な社会人になってくれることもない。
ずっと、一生、子供のままぼくの傍にい続ける。
ボールを与えると、それを必死でおいかけ、くわえて、ぼくに持ってくる。それ以上のことはできない。
ぼくの膝の上に飛び乗って丸くなって寝ている。それ以上のことはしない。
ぼくが語り掛けると、小首をかしげはするけれど、意味を理解することもない。
でも、三四郎がそこにいてくれることで、ぼくは大きな安心を貰うことが出来ているし、寂しくなくなるのだから、この小さな存在の大きな意味に感謝しかないのだ。
今日、朝の散歩で、気が付いた。
三四郎の鼻先は地面から2センチのところにあり、三四郎の目の高さはせいぜい10センチのところにある。
つまり、彼が毎日見ている世界は、そんな低い位置から見上げている世界なのだ。
ぼくは地面に這いつくばってみた。
ぜんぜん、見え方が違っていることに気が付いた。
これが三四郎が見ているパリなのか、と思った。
彼は木漏れ日に怯え、人の影におののき、ショーウインドーに映る自分に驚愕し、車に反射した光に飛び跳ね、喧噪や様々な侵入者が近づいて来るとぼくの後ろに隠れてじっと動かなくなる。
それほど、か弱い存在なのである。
ぼくがいないと生きていくことの出来ない、そんな三四郎を育てることが、今、ぼくの人生に意味を与えているというのだから、不思議である。
ぼくは離婚によって一人に戻り、シングルファザーは頑張ったけれど、息子も巣立ち、本当の意味で、一人になった。
けれども、たくさんの人々に囲まれ、ぼくはぼくの街角で、思ったよりも多くの愛を頂き、今は生きることが出来ている。
ぼくを素直な人間にさせたのは、三四郎であった。
カフェに行くと、みんながぼくに近づいて来て、三四郎に手を伸ばす。
三四郎を抱きしめてくれる。
この街で一番不機嫌な女性がいる。その人でさえ、三四郎には笑顔を見せる。
この街で一番怖そうな人も、この街で一番人気のある人も、みんな三四郎に手を差し出し、三四郎がその手を舐めると決まって幸せそうな顔をするのだ。
見知らぬ人たちが、必ず、三四郎を振り返り、笑顔で、キュートな子ですね、と言って去っていく。
まるで幸せをばらまく犬・・・。ぼくはその都度、孤独ではなくなる。
三四郎という存在を通して、世界とつながったような連結の幸福を覚える。
この子の登場はぼくの人生をリセットした。
愛とはなんだろう?
ぼくは愛を失ってばかりいる、ぼくはもう誰かへの愛を期待しない。
ぼくは子供たちを愛している。それで十分だ。
そのかわり、この子犬と、ぼくは田舎で、海を見ながら生きることになる。
少しずつ、田舎にも友だちが増えてきた。
そこはぼくが買った小さなアパルトマン、引っ越すこともない。
パリから2,3時間、英国海峡を見渡せる浜辺の、人口、3000人程度の街である。
でも、人は優しい。
三四郎を通して、どんどん、新しい出会いを続けている。
この子がぼくと世界を繋いでくれている。
それは、想像してほしい、凄いことじゃないだろうか?
この子は、はじめて会う人に脅威を与えないし、逆に、人々のほほえみを誘う。
それは本当に、目元が緩むほどの、愛おしい存在なのである。
ぼくは物事に厳しすぎる性格だから、人間と渡り合うのが下手だ。
ぼくのLINEに登録された人たちの半分はもうご縁のない人ばかりで、その人たちとのやり取りを時々、少しずつ消すのが日課なのである。
ぼくは変わり者なのだ。もちろん、よく、分かっている。
でも、そんなぼくなのに、三四郎は、傍にいる。
彼はきっと、ぼくを頼っている。この子を死ぬまで面倒を看ることが、ぼくの幸せかもしれない。
面倒くさいなァ、と思う朝の散歩も、ぼくがやらないとこの子が不幸になる。
三四郎を抱きしめてあげると、そのぬくもりが伝わって来る。
ぼくはぼくなりに生きていこうと思う。
寒い冬にも虹がかかるのだから・・・。
つづく。
今日も読んでくれてありがとう。
薬が切れると、また咳き込むので、やっぱり、気管支炎はまだまだ終わってない感じです。ただ、4時間くらいは咳が止まるので、その間に熟睡できるのが嬉しい。完治までに3週間くらいかかるみたいだけれど、体調が悪い時こそ、生きている意味がわかります。
さて、父ちゃんからのお知らせです。
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