JINSEI STORIES
滞仏日記「一分前の記憶がないと母さんが言ってるんだ、と弟から連絡が来た」 Posted on 2022/09/16 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、ちょっとだけ、大変なことがおきた。
一昨日のこと、出かけようとしていると、弟からのこのようなメッセージが飛び込んできた。
「なんかね、母さん、一分前の記憶がない、と言いだした。痴呆症(認知症)の可能性があるので、心配だから、明日、病院に連れていきます」
87歳だから、もともと、言動が怪しい・・・。
さすがに「一分前の記憶がない」とか「痴呆」という言葉は衝撃的であった。認知症である。
急いで弟に電話をかけた。
「うん、それがね、一分前に自分が何をしていたのか、思い出せないって言うんだよ」
「うううむ・・・」
ぼくは目の前が真っ暗になった。
母さんはとっても活動的な人であった。
長年、刺繍の先生をやっていた。生徒さんたちにも慕われていたし、はきはきと発言をする行動力が人気でもあった。
痴呆、という言葉が結びつかなく、混乱をした・・・。
一分前のことが分からない、とは、しかし、どういう世界なのであろう。
「とりあえず、明日、専門の先生のところに連れていく」
来週には福岡市内で刺繍の展示会があるのだそうだ。
とてもじゃないけど、一人で、外出させられない、と恒ちゃんが言った。
拙著「父」は、認知症になった画家の父とその息子が主人公。
しょっちゅう、老いた父が、結婚を目前にした息子(名前はジュール)に電話をし、迎えにこさせる、という物語なのだけど、・・・ううむ。
幸い、今は恒ちゃんが母さんと一緒に暮らしてくれているおかげで、一応、安心ではある・・・。
しかし、恒ちゃんも彼の人生があるので、ずっと母さんの面倒ばかり見続けることは難しいかもしれない。さて、どうしたものか・・・。
※ 2019年11月になんか、取材を受けていた時の、母さん・・・まだ、記憶はしっかりしていた・・・
とあるママ友のご主人(フランス人)のお母さん(完全な認知症)は、一人暮らしをしている。
痴呆がかなり進んでいて、記憶がないことが多いというが、日常生活は普通におくることができている。介護人が彼女の面倒を看ているからだ。
3人の介護人が住み込みでお母さんの面倒を24時間体制で看ている。
介護料を聞いたけど一月数十万円もするのだそうで、とてもじゃないが、うちは無理だ。
「子育て」が終わったと思ったところへ来ての、新たな将来への不安であった。
親しいママ友たちにかたっぱしから電話をかけ、相談した。
みんな、似たような介護問題を抱えていた。
「でも、ツジー、私の母も不意に痴呆が始まったのだけど、最初の頃は、行きつ戻りつだったのよ。何年もかけて、少しずつ、病状がひどくなっていった。だからこちらも準備する時間があった。お医者さんがきっといいアドバイスをくれるはずから、心配し過ぎないこと」
こんな風に慰められた。
今日、恒久から電話があった。
「認知症の検査をして頂きました。長谷川式というテストを受けて、30点中21点でした。20点以下が、認知症だそうです。ぎりぎりですね、と先生に言われました。
だだ、着替えも日常生活も一人で出来るし、脳波検査にも異常はなかったので、一昨日の痴呆症状は、一時的な発作かもしれないですね、と先生に言われました。とりあえず、先生のアドバイスを貰いながら、様子をみることにします」
ということで、今日も、読んでくださり、ありがとうございます。
長く生きていると次から次にいろいろなことが降りかかってきます。一分前のことが思い出せなかった母さんのことを思うと、複雑な気持ちです。これからのこと、息子のこと、自分のこと、いろんなことがいっぺんに押し寄せてきて、心細くもあるし、でも、くよくよしてもしょうがないので、明るく前向きに生きていきたいと思います。光のある方を見上げながら・・・。
さて、そんな父ちゃんからのお知らせです。
こちらの再放送、明日です。「ボンジュール!辻仁成のパリごはん 2022 春」
【再放送日時】2022/9/17 (土)前11:00~11:59<BSP-4K同時>
それから、小説教室が9月24日(土)に迫ってきました。一度は小説を書いてみたいけれど、小説の敷居が高く感じて、なかなか書けないとお嘆きの皆さまに、わかりやすい、父ちゃんの小説講座です。愉しみながら、小説を書いちゃいましょう。
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