JINSEI STORIES
滞仏日記「一人暮らしをはじめた息子のアパルトマンを見に行ったぜの巻」 Posted on 2022/09/06 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、ということで、西フランスの田舎町からゲリラ豪雨で水浸しのフランスを突っ切って、息子が暮らすパリ学園都市まで向かった父ちゃんであった。
外出していたようで、ちょうど車を停めたところに息子が通りかかった。
「おい!」
「あ、」
「元気か」
「うん」
あはは。今時のルックス、そして、とっぽい雰囲気の息子君であった。
さっそく、三四郎を抱きかかえて、息子の部屋へと・・・。
「おおお、なんか生活している感じになってるねー」
「うん」
キッチンの端に、冷蔵庫と電子レンジ、そして、シンクの下に洗濯機がおさめられてあった。
「すごい、ぴったしやね」
「ギリギリ入った」
「確かに、余白ゼロだ」
「うん」
「電気コンロも買ったんだね。まな板もある」
布巾がおいてあり、たぶん、洗ったお皿が置いてあった。
「布巾も買ったんか」
「50サンチーム(70円くらい)だったから、IKEAで買ったの。このゴミ箱は20ユーロ。安かった」
「へー。いろいろと買いそろえたね」
息子が戸棚をあけて、中を見せてくれた。炊飯器がある。そして、お皿が5枚。
つまり、ウイリアムとアレクサンドルとトマとユーゴ(最近仲良し)と自分、あわせて5枚なのであろう。笑。ずいぶん、生活感が出てきている。
トイレを覗くと、高さ1メートルくらいのタオル置きの棚があった。
「これは13ユーロ」
「安いね」
「全部、IKEAとかBHVとかで揃えた。一番安いものばっか」
「それでいいんだよ。大学生だもの」
トイレが意外とキレイなので安心をした。
掃除道具とか揃っている。へー、こういうのもわかるんだ。
「全部、自分で買い集めたの?」
「しまちゃんが手伝ってくれて、一緒に買った。やっぱり、女性の方が野郎たちより、詳しい」
しまちゃんというのは息子の年上のガールフレンド、医学生なのだ。
でも、恋人ではないのだという。
本当に、親友なんだ、と豪語するので、まじめな子だから、本当なのであろう。
今までのガールフレンドさんとは確かに感じが違う。礼儀正しく、優しい感じ・・・。
寝室に行くと、見覚えのあるベッド、見覚えのある机、そして、見覚えのある楽器が並んでいた。
息子くん、壁を指さし、「ここに背の高い棚を買って、本とか並べる予定なんだよ。大学生だからね」と息子。
「うん、それがいいね」
部屋の隅っこに、段ボール箱が堆く積み上げられている。でも、思ったよりも片付いている。
昨日も明日もアルバイトなのだそうだ。明後日はいよいよ第一回目の大学のオリエンテーションがあるのだという。
「着実だな」
「まあね」
「ソファは?」
「9日に届くよ」
「ソファが来たら、仲間たちのたまり場になるね。間違いなく」
「うん、ソファが来なくても、たまり場になってるよ」
「だろうね。勉強もしろよ」
「うん」
「バイトはどうだい?」
「みんな優しくしてくれるから、居心地もいいよ」
「そうか。よかったな。勉強もしろよ」
「うん」
「しまちゃんが手伝ってくれるんだね、部屋の片づけ」
「うん、毎日、来てるよ。一緒にごはんを作って食べたりしている」
「そうか。よかったな。でも、勉強もしろよ」
「うん。ちょっと、うるさいよ」
「あはは」
「・・・」
※ しまちゃんが息子にプレゼントしたお茶セットらしい。センスいい。
三四郎を息子に預けて、彼の家の近くの大型アジア食材スーパーに買い出しに行った。
お米がないというので、必要な食材を買いに行った。お米、カレー、ラーメン、蕎麦、めんつゆ、味噌、調味料、豆腐、などなど・・・。
それから二人で、その食材店の並びにある人気の中華屋さんに食べに行った。
「お金、足りてるのか?」
「うん。無駄遣いしないし、アルバイトしているから」
「じゃあ、困ったものはないね?」
「うん、今のところ。でも、たまにパパのご飯食べに行ってもいい?」
「ああ、もちろんだよ」
「明日、バイト終わりで、ちょっと実家に顔出すね」
「実家!? あはは、オッケー」
ということで、離れても仲良しの父ちゃんと息子君なのであった。
・・・そっか、実家になるんだね。
大学生にしては広いアパルトマンだし、思ったよりも清潔に使っていたので、安心をした父ちゃんなのであった。
時々、様子を見に行ってやろう、・・・と思う。
息子の大学生活、何を隠そう、父ちゃんが一番楽しみなのであった。
えへへ。
※フランスでは人気の「錦」、お米です。あはは。
つづく。
今日も読んでくれてありがとうございます。
息子も明後日からいよいよ大学がスタート、父ちゃんも、うかうかしていられません。一人暮らしがはじまっても、慣れるまで、食材を届けたり、アドバイスをしたり、あれやこれや、気を遣うことになりそうな、相変わらずの辻家なのでした。というか、ぼくも自分の引っ越しの準備をしないとならないじゃーん。忙しい9月になりそうです。
さて、そんな父ちゃんの小説教室、第二弾を、9月24日(土)に開催いたします。今回の課題のテーマは「食」「食べるもの」「食について」の小説です。「一杯の掛け蕎麦」のような食べることをモチーフにした掌編小説、もしくは長編の冒頭を、原稿用紙10枚以内で。締め切りは9月20日。書き始めてくださいませ。詳しくは、下の地球カレッジのバナーをクリックくださいませ。