JINSEI STORIES
滞仏日記「彼女は息子の新しいガールフレンドではない。でも、期待する父の巻」 Posted on 2022/08/29 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、夕方、息子君から、
「これから、しまちゃんが引っ越しの片づけを手伝ってくれることになったから、うちに来るけど、いいかな」
と連絡があった。
しまちゃんというのはお医者さんを目指している女子大生さんである。
「え? いいけど、君の部屋、足の踏み場もないじゃーん。服とか、めっちゃ、散らかってるんですけど、大丈夫なんか?」
「うん。大丈夫、それを片付けに来てくれるって」
「は? (どういう関係?)」
しまちゃんとの関係を何度か疑った父ちゃんだったが、どうやら、本当にただの友だちのようだった。
写真でしか見たことがないけど、利発そうな子である。
今までのガールフレンドはみんな美人だけど、お嬢様タイプのパリジェンヌばかりだったのに対し、しまちゃんは、苦学生で、今はルーマニアの医科大学に通っている。
そこを卒業してお医者さんになるのが夢なのだとか・・・。
「いいけど、知らないよ」
ということで、しまちゃんが我が家にやって来た。
息子は笑顔だった。
「こんにちは」
背が高い。明るい。聡明な、おお、すっとした顔だちの子だ。ほー、いい子っぽい。
「しまちゃんはパパの本を読んでるんだ」
「は、それはそれは、ありがとうございます」
「旅人の木、と、ピアニシモ・ピアニシモを読みました」
ギクッ。やばい、読まれている。感想などは聞けない。
「何か、コーヒーでも飲みますか?」←こわばる父ちゃん・・・。
「いいえ。大丈夫です。あ、これ、あの、お土産があります」
不意にビニール袋に入った何かを手渡された。←え?そんなことされたことがない。
「夏休み、トルコに行ってたので、そこのお菓子です」
「ええ、マジすか」
中を覗いた、あ、知ってる、美味しい奴だ、と思った。
「ありがとう」
いい子だ。(ものにつられるタイプ)ちゃんと挨拶が出来る。しかも、お父ちゃまにって、お土産まで、ぐふふ・・・。わあ、なんていい子なんでしょう・・・。涙。
この子がいいな、ガールフレンド、と思ったけど、そういうことを言うと、息子に怒られる。お医者さん目指しているというのも素晴らしいし、お父ちゃまの本を買って読むだなんて、なかなか出来ることじゃない。頭のよい証拠であーる。←(?)
しかし、なんて、いい子なんだろう。
さっそく、この二人が家族を作った絵を想像して、微笑んでしまった、父ちゃんであった。早っ。←こら!!!
ぼくは仕事場に行き、自分の小説を一冊選んで、筆でサインをした。
SHIMAのために、と書き添えた。
で、お茶でも持っていくふりをして、サイン本を届けたのだから、うざい。←相変わらず、うざい父ちゃんであーる。
「わ、ありがとうございます。これ、読んでみたかったんです」
「あはは、たいした本じゃないけど、読んでね。(心にもないことを、言った)息子の引っ越しの手伝い、ありがとうございます。自分でやらせますから、適当にしてください」
ということで、ぼくは仕事場に引き下がり、机に向かって小説の続きに向かったのだけど、若い子が今、家にいると思うと、ふー、緊張する。←おやじ、ドキドキするな。
息子としまちゃんは夜まで、部屋の片づけをやっていたが、20時くらいに食事に出てしまった。
「十斗。ちょっと」
「なに」
ぼくはお金を渡した。
「食べたら家まで送ってこいよ。日曜日のこんな時間まで手伝いをさせたんだから、いいね」
「うん」
ということで、息子は友だちが多いのであーる。オタク四銃士といい、しまちゃんといい、いい仲間たちに恵まれている。それがほんと、財産なのである。
しまちゃんとのことは変に詮索せず、見守っておこうと思った父ちゃんであった。えへへ。←見守ってない?すいません。汗。
※ おまけ。
つづく。
今日も読んでくれてありがとう。
それにしても、明日、引っ越しだというのに、まだ、部屋は散乱状態です。100Lのゴミ袋が10個くらい出てきて、それを一階のゴミ箱までせっせと運んだ父ちゃんでした。いつまでも手のかかる子であります。あはは。しまちゃん、頼むで~。