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退屈日記「なんて下品なことを、三四郎! そんな子に育てたつもりはない!」 Posted on 2022/08/27 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、近所のカフェに朝早く、日本画家の釘町彰さんと待ち合わせた。
「釘町先生がZOOMの使い方がよくわからないと言っています」とスタッフさんから連絡があり、え、今時、ZOOMが分からないの、と驚いたのだけど、審査員長を依頼したのはぼくだし、三四郎の散歩のついででよければ、会ってご説明しないわけにもいかない、ということになって、三四郎と、出かけたのだった。
そこはぼくがよく打ち合わせで使う編集部近くのカフェ、ここのウフマヨが天下一品なのであーる。
ウフマヨとは、フランスのカフェの定番メニューで、ゆで卵の上にマヨネーズがかかってる、小皿料理。
仏語で卵はウフ、卵にマヨネーズだから、ウフマヨ、となるわけだけど、ここのウフマヨのマヨネーズにはなんとトリュフが練りこんである。
卵とトリュフの相性が抜群なうえに、テーブルにはブルターニュ産のフラー・ド・セル(塩の華)が備え付けられているという、リッチな心意気・・・。
もう、朝から気合が入るというものである。
ぼくの好物だから、釘町さんにも食べさせたくて、半分を小皿に分けてとっておいた。
そこに、颯爽と、フランスで活躍する画伯が登場。
「わあ、この子がサンシーなんですね~。かわいいなァ」
おぬし、読んでるな、・・・あはは。

退屈日記「なんて下品なことを、三四郎! そんな子に育てたつもりはない!」



実は、今年度の「新世代賞」の審査委員長を引き受けて頂いたのである。
まだ、コロナ禍が続いている日本だから、今年の審査会もオンラインでやることに。
三四郎がソファ椅子に飛び乗り、釘町さんの横にぴたっとくっついた。ほー、和む。
ぼくはすっかり、三四郎が釘町さんのことを気に入ったと思い込んでいた。実は、三四郎が狙っていたのは、ウフマヨであった。
すると、目の前の床からリフト(?)が出てきたのであーる。
驚き、慌てて携帯を取り出し、撮影を開始した父ちゃん。
実は、これを前から狙っていたのである。
だいたい、フランスのカフェはどこも、ホールのど真ん中から床を押し開いてリフトが出てくる。20年前、これを始めて見た時は、マジ、びっくりした。
リフトの先端が丸くカーブしており、その丸みで床を押し開けてリフトの上げ下げが可能となっている。
料理人たちがそこから材料を取り出すと、リフトは再び地下へ、下りていく。
この映像を何とかとらえて、日本の皆さんに見せたい、と思っていたのだ。
「釘町さん、ちょっと黙っていて、今、ナイスシューティングなタイミングなんだ」
ぼくは、携帯のビデオをオンにして撮影を開始した。
釘町さんが身を乗り出して、その様子を眺めていたのだけど、次の瞬間、スタッフさんが大声を張り上げたのであった。
「ああああああああ」
「え??? うわああああああ」
なんと、三四郎がテーブルに飛び移り、お皿の上のウフマヨをパクリと食べてしまったのであーる。
「な、な、なんてことを!!!! パパはお前をそんな子に育てたつもりはないぞ!!!!」
ぼくは携帯をほっぽりだし、怒ったが、後の祭りであった。
三四郎の口の周りには、黄色いトリュフ・マヨネーズが・・・。
こんな大胆なことをしでかせる子犬だったのか・・・。
しかも、初めて会った人の食べ物をとって、食べるだなんて。
なんて、ふしだらな、お下品な、ううう、父ちゃん、かなしい・・・。
家を出る前にごはんを食べたばかりじゃないか・・・。

退屈日記「なんて下品なことを、三四郎! そんな子に育てたつもりはない!」

退屈日記「なんて下品なことを、三四郎! そんな子に育てたつもりはない!」



釘町さんは、へこたれなかった。
残った卵を食べて、本当に美味しい、と言い残して颯爽と帰って行ったのであーる。一方、ぼくはどうしようもない失望感に見舞われ、朝から調子が出なくなるのだった。
ともかく、一から躾をし直さないとならない。
ほんとに、困ったちゃんである。
さんしーめ、ショックだぞよ。

と、こちらが、そのリフトの動画であーる。

つづく。

ということで、今日も読んでくれてありがとうございました。
来月には一歳になる三四郎ですが、前途多難です。テーブルの上の卵にパクっと食らい付いた三四郎の顔が頭から離れない・・・、ううう、トラウマになりそう。

地球カレッジ

退屈日記「なんて下品なことを、三四郎! そんな子に育てたつもりはない!」

※ こちらが釘町画伯である。KENZOさんも彼のコレクターであった。今年度、新世代賞の審査員を引き受けてくださった。新世代賞の閉め切りは9月2日。詳しくは下のバナーをクリックください。若者よ、来たれ!!!!!

第6回 新世代賞作品募集



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