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滞仏日記「やっと息子が帰って来た~。三四郎は浴衣を着せられ、さあ、たいへん~」 Posted on 2022/08/26 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、三四郎と遊んでいたら引っ越し屋のミッシェルが段ボール箱を持ってやってきた。
「はい、ムッシュ、これ、10箱ね。じゃあ、月曜日、朝の9時に」
そう言い残して、ミッシェルは帰って行った。
とんとん拍子で物事が動くとはこういうことである。
今日、息子が日本から戻って来る。
明日、息子は新しいアパルトマンの鍵を取りに行く。
土日で荷物をまとめる。いらないものを捨てて、段ボール箱に生活用品を詰め込む。
月曜日、朝の9時に引っ越し屋がやって来て、荷物を運び出す。
その夜から、息子の一人暮らしが始まるということだ。
なんか、時系列でまとめると、呆気ない独立である。月曜日が彼の独立記念日ということになるのか・・・。おおお。凄まじい、この人生の速度よ。
段ボール箱を三四郎と二人でチェックした。
「噛むなよ」
三四郎がギクッとした顔をして、引き下がった。
「噛み応えある、と思って狙ってるだろ。だーめ」
ぼくは息子の部屋のドアを閉めて、三四郎と散歩に出ることにした。

滞仏日記「やっと息子が帰って来た~。三四郎は浴衣を着せられ、さあ、たいへん~」



滞仏日記「やっと息子が帰って来た~。三四郎は浴衣を着せられ、さあ、たいへん~」

行きつけのカフェがバカンス休暇で全滅なのである。
だから、少し離れた目抜き通りのタイレストランまで足を延ばさないとならなかった。三四郎が椅子に飛び乗った。まるで人間のような子犬であーる。
席について、メニューを眺めていると、携帯にメッセージが飛び込んだ。
「今、グリーンランド上空だよ」
息子からである。
「ああ、じゃあ、もうすぐだね。トランクが二つあるから、タクシーでいいよ」
「ありがとう。助かる」
「家に近づいたら、電話くれたら、下まで、下りるよ。トランクあげるの、手伝う」
「え? マジ、それはありがたい」
「いいや、いつも、手伝ってくれるから、お互い様じゃん」
あと、3時間から4時間で、パリに着く感じだな、と思った。
ぼくはパッタイと白ワインを注文した。三四郎にはお水が提供された。あはは。
「人間みたいな子犬ですね。めっちゃ、かわいい」
お店の女店員さんが、三四郎の頭を撫でながら、言った。
「かわいいけど、破壊王なんですよ。なんでも噛んで破壊しちゃって」
「まあ」
笑いあった。
レストランでバイトする息子もこんな感じでお客さんと世間話をするのだろうな、と思ったら、くすぐったくなった・・・。

滞仏日記「やっと息子が帰って来た~。三四郎は浴衣を着せられ、さあ、たいへん~」



とにかく、パリは物凄く暑いので、食後、早々に家に帰って、ぼくは昼寝をすることに。三四郎も床にべたっと寝そべり、目を閉じ、じっと動かなくなった。小一時間、昼寝をしていると、携帯に着信音、覗くと息子からであった。
「着いた」
「おお、おかえり。早かったね」
「なんか、一時間早く着いた。でね、今日、トマとウイリアムが空港まで来てくれることになった。荷物は彼らが手伝ってくれることになった」
「え? なんで、空港まで?」
「お土産をとりに」
アホちゃうか、と思ったが、言わなかった。暇人か? 空港まで一時間半くらい、かかるのに・・・。
「じゃあ、三人でご飯でも食べに行くのか?」
「いや、荷物あげてくれて、お土産渡したら、帰る。ごはんはパパと食べる」
どんな凄いお土産なんだろう、と思ったけど、聞かないことにした。
そもそも、息子の友だちはみんなオタクな感じの子たちばかり・・・。お坊ちゃんで、不良には逆立ちしてもなれないような子たち・・・。まだまだ子供である。
「じゃあ、気を付けて帰ってくるように」
そう、メッセージを残して、ぼくは電話を切った。
その一時間後、ドアの開く音がして、でかいのが三人、ぼくの目の前に出現した。デカっ。トマは天井に頭が届くほど、大きい。ウイリアムはがっしりとして、ラグビー選手のよう。でこぼこトリオである。小学校の卒業式の日のことを思い出した。いい子たちだった。そして、今はもっといい子である。
「ムッシュ、お元気ですか?」
ウイリアムが言った。
「お久しぶりです」
トマが言った。自然に笑みが浮かんだ。にやにや、頬が緩む。
「大学生だろう? おめでとう」
「ありがとうございます」
「十斗が引っ越すんだ、手伝ってやってくれよ」
「はい。たぶん、たまり場になりますね」とトマ。
ぼくは笑顔で、ウインクをした。
あんなに小さかった子たちが、もう、こんなに大きくなったのか、凄いことじゃないか。息子は笑顔で、喜んでいる。
クラスメイト、幼馴染、そして、大学でも、ずっと仲良し。
何よりの財産である。
「いいか、十斗、お前がこの国で一番大事にしないとならないのは、友だちだ。友だちが困った時に君を救う。一番の財産になるんだ」
これは、息子が十歳の時に言い聞かせた、ことである。
彼はそれを大事に持って生きて来た。ウイリアム、アレクサンドル、トマ、この三人は十斗の真の財産であった。だって、空港まで迎えに行くんだよ!!!
おかえり、我が子よ。

滞仏日記「やっと息子が帰って来た~。三四郎は浴衣を着せられ、さあ、たいへん~」

※ 息子が三四郎に買ってきたお土産がこちら。な、なんと、ミニチュアダックス用の浴衣であーる



つづく。

ということで、今日も読んでくれて、ありがとう。
今週末は辻家、引っ越しの準備で大忙しになる予定です。多少は手伝わないとならないでしょうから、・・・。いろいろと捨てないとならないでしょうね。いらない服とか、漫画とか、子供の頃のおもちゃとかを捨てさせますね。断捨離というものを教えるつもりです。息子もあと、数日で、ここを出ていくのか、と思うと、ため息がこぼれます。でも、独立記念日なのです。

地球カレッジ

滞仏日記「やっと息子が帰って来た~。三四郎は浴衣を着せられ、さあ、たいへん~」

※、こんなに暑いのに、こんな変もの着させないでよ、と怒っているさんしー。たしかに、虐待になるから、ここまでにしておこう・・・。えへへ。



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