JINSEI STORIES

滞福日記「ばいー、あんた、忙しかとにわざわざご飯ば作りに来てくれたとか!!」 Posted on 2022/07/16 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、87歳の母さん、特に大病をしているわけではないが、高齢なのと、ぼくが離れて暮らしているので、弟と話し合って、福岡にいる間にもうちょっと親孝行をしないといけんね、ということになった。
今日は、スタジオで歌の練習のあと、弟推薦の「ボンラパス」というスーパーに買い物に行ったのである。(弟がかごを持ってくれた)
日本のスーパーはどこもすごいけれど、ここはマジ凄かった。
商品の置き方にも工夫があるし、珍しいものがたくさんある。
イタリア食材コーナーなどパリのスーパーに負けない品ぞろえ、ワインも申し分ない。
高級と普通のいいとこ取りスーパーなのであーる。笑。
だいたいぼくは食材を見ていつも夜の献立を決めるタイプだが、目移り、目移り・・・。
ともかく、真っ先に目に留まったのが、イカだった。特売コーナーに真っ先に行く、父ちゃんなのであった。すでに下処理されているので、ありがたい。
イタリア食材コーナーでトマト缶、トマトペースト、イカ墨のパスタ、アンチョビ、などを購入。一品目は、父ちゃんの自慢料理「フランス風イカ飯」にした。
野菜コーナーの充実度が素晴らしい。
生産者さんの写真入りズッキーニがめっちゃ美味そうだったし、イタリアではよく肉料理と食べ合わせるトレビスという苦い野菜もあって(アメリカ産だった、珍しい)、思わず、買いそうになった。
ん? 買わんかったと? あはは、今日はフレッシュ・バジルを使うので、ごめんなさい、買いませんでした~。
お肉コーナーで、まず、目に留まったのが、佐賀牛の塊。おお、これはローストビーフに最適じゃないか。
そういえば、野菜コーナーに美味そうなマッシュルームがあったっけ。
マッシュルームソースをかけて、フレンチスタイルのローストビーフにしてやろう!
ということで、今日は二品、作ることにしたのであーる。
打ち合わせが昼過ぎにあるので、歌の練習からの料理からの、打ち合わせ、というバタバタであった。

滞福日記「ばいー、あんた、忙しかとにわざわざご飯ば作りに来てくれたとか!!」

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「あんた、なにしに来たと?」
顔を出すなり、母さんがうたたねから起き上がって、言った。
「ばいー、ごはんを? 私のためにか? この間、作ってくれたばかりやなかか」
扇風機をどこからか持ってきて、キッチンに向けて、回しだした。
「そこは暑かろう? これでちょっとは涼しくなるとやないと?」
「うん」
「忙しいのに、わざわざ作りにこんでもいいとに」
「大丈夫、作ったら、仕事に行くから」
「仕事のあいまに来たとか。ばいー、なむあみだぶつ」
「母さん、ちょっと、兄貴のことをほっといてあげてよ。料理の邪魔しない方がいいよ」
「ばいー、そんなこと言うたって、わたしは幸せやけん。拝みたくなるとよ」
弟が肩を竦める。母さんは、キッチンの入り口につっ立ったまま、こっちを見ている。
邪魔でしょうがないけど、仕方がない。親なんだから、嬉しいのだ。親の気持ちが今なら、よくわかる。息子が連絡してくると、嬉しいものだ・・・。一緒だった。
お、次の仕事まで、30分しかない。

滞福日記「ばいー、あんた、忙しかとにわざわざご飯ば作りに来てくれたとか!!」

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イカはフランス風イカ飯こと「イカのプロヴァンス風煮込み」、佐賀牛は父ちゃん自慢の「運命のローストビーフ」に。
さて、手順としては、塩胡椒した佐賀牛を焼いて、アルミホイルで包み、休ませている間に、マッシュルームを千切りにしてクリームソースを作りながらの、横の鍋で、ニンニク、アンチョビ、唐辛子の香りをオリーブオイルへうつし、そこに洗ったイカの輪切りをぶち込み、クリームソースが出来たら、いったん横にどけて、パスタ鍋を火にかけ、イカに火が入ったところで、トマトぺースト、トマト缶、白ワインなどを次々投入して~の、煮込んでいきつつ~の、イカ墨パスタを茹でて、味見用のワインが美味しかったので、一人でちょっと飲んでからの、ぷは~、イカの状況確認しながら、肉を細く切って、盛り付けをし、そうこうしているうちにパスタが茹で上がったので、ボウルに移してオリーブオイルなどで味付け~の、出来上がったイカの煮込みと一緒に綺麗なお皿に盛って、パルメジャーノとかバジルとかなんやかんやふりかけ、湯気が出ているうちに、テーブルに運ぼうとしたら、母さんが、キッチンの入り口で、口を半開きにして、ぼくを見ていた。
「あんた、・・・あんた、すまないね。そんなに一生懸命せんでもよかとよ」
「いいよ。ちょっとそこどいて、料理を運ぶから」
「でも、・・・なんまんだぶつ」
「拝むなよ!!!」
母さんと恒ちゃんと三人で、試食をすることになったのであーる。20分で作った! 
よっしゃ、仕事に間に合う。

滞福日記「ばいー、あんた、忙しかとにわざわざご飯ば作りに来てくれたとか!!」

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「母さん、どう?」
「いやあ、美味しかー。こんなもの、食べたことがないったい。これはいったい、なんという料理ね?」
「え? いや、言ってもわからんやろ。レシピは恒久に伝えておく」
「これはなんで、黒いと?」
イカ墨のパスタが気になるようだ。イカの墨で作ったスパゲティだよ、と教えた。
「あんた、いつの間に」
してないから、・・・。ま、いいか・・・良イカ。←洒落。
「人間、長生きしているといろんなものば食べられるったいね。ありがたいこったい。で、この肉にかかってるのはなんね?」
「マッシュルームだよ。マッシュルームをクリームとバターで炒めてソースにした。ローストビーフと一緒に食べると美味しいんだよ、食べてごらんよ」
「あんた、あっちでは毎日、こげん、しゃれたもんば喰うとるとか?」
「いや、あ、・・・時間が」
「兄貴、送っていくよ。天神でいいっちゃろ?」
「あ、助かる」
「あんた、食べんとね? 作りに来ただけ?」
「ごめん、忙しいから、また、今度ゆっくりしに来る」
「それじゃ、まるで、あの人みたいやね」
「あの人? ん?」
「スーパーマンったい、しゅっと来て、すぐに飛んで帰んなさる」
あはは。なむあみだぶつ・・。

つづく。

今日も読んでくれてありがとうございます。
ということで、ぼくは仕事に向かったのですけど、次は和食にしたいなぁ、と思いました。日本の野菜が豊富過ぎて、素晴らしい。ボンラパスで、見かけたら、石を投げないでくださいませ!!! えへへ。
さて、お知らせです。
「パリの空の下で、息子とぼくの3000日」はマガジンハウス社から発売中です。
25歳以下の表現者の皆さんは、新世代賞、作品募集中です。先生方の皆さま、生徒さんにご伝言お願いします。
それから、7月28日は父ちゃんのオンライン・講演会「一度は小説を書いてみたいあなたへ」と題しておおくりします。
一生に一度でいいから小説を書きたいけど、敷居が高くて、と半ば諦めかけている皆さん、そんなことはありません。ぼくがどうやって作家になったのか、どうやれば一冊書けるのか、など、講演会形式でお話をしたいと思います。
詳しくは、下のバナーをクリックください。

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