JINSEI STORIES
退屈日記「息子のための料理教室、夏を乗り切る一人暮らし術、集中講義続く」 Posted on 2022/07/05 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、ともかく、今、最大限ぼくに出来ることは夏の期間中に、息子を自炊の達人にさせることであった。今日まで、パスタの作り方と炊飯器ライスの作り方を伝授してきた。
さて、今日は、パスタの応用編であーる。
オリーブオイルのかわりに、ひまわり油(サラダ油)を使い、調味料は醤油とニョクマム(魚醬)を多用する。
和食好きな息子の口にさらに寄り添う、作戦だ。
そう、和風オイルパスタである。
作り方はオリーブオイルパスタと違わないが、サラダ油を多く使うので、どちらかというと焼うどんとか焼きそばとかに近い土着的な味わいの一皿になる。
そこで、今日はアジア食料品店で買った豚ひき肉と玉ねぎを使う。(牛ひき肉でも美味しく出来ます)
まず、息子に玉ねぎの切り方を伝授した。
いろいろな方法があるが、一番簡単で、ざくざくとカットできる方法を教えた。
ニンニクは瓶詰のコンフィを使う。忙しい時には、このコンフィが便利である。(日本でいう『おろしにんにく』のようなものだ)
「まず、少量の油でひき肉を炒める。火が通ったら、玉ねぎと唐辛子のみじん切りをそこに投入する。しんなりしてきたら、多めのサラダ油を回し掛けする。ちょっと多めがいい。そこに、おろしにんにくを小さじ1程度いれる。ニョクマム、醤油を少々、それから、酒、みりん、塩コショウなどで味を調えていく。これで完成だ。味見してみろ」
「うん」
息子がスプーンを取り出し味見をした。
「ううーん」
唸りながら、笑顔になった。
「もうちょっと油をいれよう。オイルパスタは、この油が命になる」
「うん」
茹で上がったパスタをお皿に盛り、その上にこの肉をかける。牛丼みたいなものをイメージしてもらえたらいい。
しかし、ニョクマムがいい味を出す。海と山の融合が最近のパパの流行りなんだ。
「覚えてるか?ハラミ肉を炒め、カツオでんぶと和えた料理。あれ、最高だったろ? 山と海の融合だった。宮崎のサーファーに旅先で教わったんだ」
「へー、相変わらずパパは好奇心旺盛だね」
「おお、好奇心こそがいい料理人を育てる」
「うん」
ぼくらは出来た「豚ひき肉のオイルパスタ」をテーブルに運んでア・ターブルとした。
「うううーん、美味しい!!!!」
一口、頬張った途端、息子が珍しく声をあげた。
「よし、パパの料理教室はだいたいこれでオッケーだと思う。何を掴んだ?」
ぼくは息子に訊いた。彼が何をこの短い勉強会で得たのかを知るために。
「ええと、片づけながら料理をすること」
「おお、その通り。食べたらほったらかさない。すぐにキッチンをキレイにすること。これが実は美味しい料理を作る一番大事なコツなんだ」
「ええと、どうやって、食材のうまみをパスタやごはんにうつすのか」
「おおお、その通り。ペペロンチーノは香りをオイルにうつすことが大事だった。だから、ニンニクを超微塵にしたんだよね? 炊飯器ライスは具材や調味料や青い葉っぱから出たうまみがお米に浸透していくのがおいしさの秘訣でもある。この豚ひき肉のおオイルパスタも一緒で、オイルの中に、豚のうまみ、玉ねぎの甘味、ニョクマムの海の味などが溶けて混ざって、染み入って、それだけでも美味しいソースが出来上がるという寸法だ。茹でたパスタにかけただけだけど、美味いだろ?」
「うん、美味い」
「息子よ、それが料理のコツなんだよ。あとは、君が生きていく中で出会った様々な料理のアイデアをここに持ち込め、そうすれば、おのずとバリエーションが広がる。大事なのはレシピじゃない。コツをつかむこと。大きな輪郭を掴めば、あとは日々の経験がものをいう」
「うん」
「夏の終わり、パパが帰ったら、君の上達ぶりをチェックしよう。君が作ってパパが今度は食べる番だね」
つづく。
ということで今日も読んでくれてありがとう。
父ちゃん、もうすぐ、日本ですよ。そして、息子はもう大丈夫です。
さて、父ちゃんからのお知らせです。
さきほど、マガジンハウス刊「パリの空の下で、息子とぼくの3000日」滑り出し好調ですね。ありがとうございます。
そして、地球カレッジ二周年企画、講演会形式のオンライン講演会「小説を一度書いてみたいあなたへ」と題して、お送りします。応募された方の中から40名の皆様を抽選で都内秘密の講義室へご招待いたします。詳しくは、下のバナーをクリックください。