JINSEI STORIES

滞仏日記「ぼくと三四郎のバカンスは終わった。三四郎が急成長した夏だった」 Posted on 2022/06/24 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、17日の日記で、三四郎が家の中で、大じょんべんを立て続けにするので激怒したこと、書かせて頂いた・・・。
※、読んでない皆さんは、こちらから、どうぞ。

https://www.designstoriesinc.com/jinsei/daily-2897/


サンシーは辻家に来て以来ずっと家でピッピ(おしっこ)とポッポ(うんち)をし続けてきた。
もちろん、今月に入って、外でもポッポができるようになったが、それでも、一日に、一回とか、二回程度でしかなかった。
おしっこシートにはせず、床とか、壁とかに(後ろ脚をあげて、しゃーっと)やらかすので、お前はバカか、と大声で叱った父ちゃんだった。見知らぬ人が見たら、犬を虐待している人にしか見えなかったかもしれない、と書いた・・・。
ごめんなさい。
あれから、五日が経ったが、今日、気が付いたことがある。
ぼくはもうずっと、おしっこシートを交換していないのだ。ええええ!!!
「あれ、三四郎、出来てるじゃん。全部外でやってるじゃん」
つまり、そうなのであーる。
朝の散歩時にポッポを二回、ピッピを二回し、午後の散歩の時にも、それぞれ一回、夜の散歩で、さらに一回づつ、外で、ちゃんとやっているのである。
つまり、激怒したあの日から、おしっこシートは一枚も無駄になっていないということだ。ううう、す、すごいぞ、サンシー。
怒ってごめんね、でした。でも、凄い成長だよ、パパしゃん、びっくり。
三四郎のこの急成長はぼくがきつく怒ったからだろうか? それとも、やっちゃいけなことが分かる年齢になったからだろうか? 三四郎は明日、生後9か月を迎える。
やっぱり、成長しているのであーる。
・・・そうか、ぼくが叱っていることを理解出来て、自分なりに頑張っているのか。おお、感動だ。お前はちゃんと出来る立派な成犬になったんだね。

滞仏日記「ぼくと三四郎のバカンスは終わった。三四郎が急成長した夏だった」



ということで、今日も、朝起きたら、三四郎エリアには、ピッピもポッポもなかった。
ぼくは急いで彼を外に連れ出し、海まで、歩いた。その途中、三四郎は、ポッポを二回、ピッピを数回、やったのであーる。笑。
こんな小さな身体なのに、こんなにするんだ、と不思議で仕方がないが、若いから、新陳代謝が抜群なのであろう。年を取ったぼくなんかは、新陳代謝が悪くて、・・・。ま、ぼくの話はいいですね、えへへ。
それだけじゃない。ここ最近、三四郎の社会性が物凄く広がっていて、他の犬たちとの向き合い方にも変化が起きている。
大型・中型犬とも上手に距離をはかり、接触できるようになった。じゃれあい方も上手になった。
無駄吠えをしないし、きちんと相手の様子を見て、大人の対応をとるようになった。
だから、三四郎のことが好きな犬たちが集まって来るし、その子らの飼い主さんたちの受けも抜群なのである。
犬カフェに顔を出すと、みんながやって来て、
「おおおお、みによーん(かわいい)」
と三四郎をかわいがってくれる。
所作が可愛いので、みんなに好かれる。だから、ぼくも癒される。
怒ってごめんね、ちゃんとピッピ、ポッポが出来るようになって、父ちゃんは鼻が高いし、何より、嬉しいのだよ。
そういえば、ぼくはずっと三四郎に語り続けている。政治の話から料理の話まで、なんでも・・・。多分、これも、何も知らない人がみたら、ちょっとおかしな人にしか見えないかもれない。たぶん。
でも、時々、三四郎の言葉が聞こえるのである。本当に・・・。
「おなかすいた」
とか、
「疲れたよ、パパしゃん」
とか、
「遊んでよ、何をしているの?」
とか、
三四郎病ですね、とマノンちゃんにSMSで笑われたけど、でも、聞こえるんだもん。
あはは・・・。

滞仏日記「ぼくと三四郎のバカンスは終わった。三四郎が急成長した夏だった」



今日、パリに帰ることにした。
もう少しいたかったけれど、というのは、もうすぐ、ぼくは日本なので、三四郎と一月以上離れ離れになってしまう。
海が大好きな三四郎をもっと浜辺で走らせてやりたかった。
でも、いつまでも帰らないわけにもいかないので、荷物をまとめ、水抜きをし、ガスをとめて、三四郎と家を出ることにしたのだ。
ところが、家を出たところで、またしても、カイザー髭とハウルの魔女に掴まってしまう。どうやら、待ち伏せていたようである。でも、もうぼくは恐れない。なぜなら、水抜きもしたし、9月までここには戻ってこないからだ。あはは。
「帰っちゃうのかい?」
カイザーが寂しそうな顔で言った。心なしか、髭がしなだれている。
その後ろで、なぜか、箒で床を掃いているハウルの魔女さんであった。
「ええ、日本でコンサートがあるんです。他にもいろいろと仕事がありまして」
「そうか、そうか、寂しいなァ。一緒にセッションしたかったのに」
「昨日、弾きまくってましたよね? ディープパープルのハイウエイスター」
カイザー髭さんの目が輝いた。目を見開き、涙があふれ出そうな・・・。
「おお、分かってくれていたのか~」
わかるでしょ、あんなに大音量で演奏するんだもの・・・。窓が震えていたわ。
「ベルナール、よかったわね。ムッシュがあなたの演奏を褒めたわ」
褒めてはないですけど・・・・。二人が笑顔になった。かわいいカップルである。そうか、カイザー髭さんはベルナールという名前だったっけ・・・。
「サンドリンヌ、残念だけど、セッションは9月の愉しみにとっておこう」
サンドリンヌ? ハウルじゃないのかい!!!
「あの、良いバカンスを!」
ぼくは二人の会話を遮って、行こうとした。すると、ベルナールさんが、
「わしらにバカンスはないんだよ」
と悲しそうな顔で言った。

滞仏日記「ぼくと三四郎のバカンスは終わった。三四郎が急成長した夏だった」



滞仏日記「ぼくと三四郎のバカンスは終わった。三四郎が急成長した夏だった」

「どうしてですか?」
「だってね、ムッシュ、この人はもうリタイアした身だから、永遠にバカンスなのよ」
二人の目尻が優しく撓った。ぼくは5キロの三四郎を抱え、さらに大きなリュックとバッグを二つも背負っている。この青春ドラマに付き合っている場合ではない。いい加減に行かなきゃ。
「いいなァ、ぼくにリタイアはないですよ。死ぬまで歌い続け、死ぬまで書くんです」
そこで、振り切った。笑顔で、振り切ってやった。
「良い夏を!」
「ムッシュ・ツジー、あなたも良い日本滞在を!」

つづく。

今日も読んでくださって、ありがとう。
ということでぼくと三四郎の田舎生活は終わりました。もしかすると、この田舎滞在がぼくらのバカンスだったのかもしれません。ぼくはもうすぐ、日本へ行き、炎天下働き続け、三四郎はジュリアのところで他の犬たちと共同生活へ突入・・・。さて、どうなることでしょうね。NHKの夏ごはんの撮影も撮り終わりましたよ。こちら、春ごはんに続き、怒涛の青春ドラマに仕上がっております。は? 青春ドラマ?
ということで、お知らせです。
明後日、26日の日曜日は、こんな父ちゃんのエッセイ教室、オンライン・文章教室が開催されます。もうちょっとエッセイと楽しく向き合ってみたい皆さま、ぜひ、覗いてみてください。72時間のアーカイブ付き。三四郎は聴講生で、参加予定です。あはは。
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