JINSEI STORIES
滞仏日記「道なき道を抜けると、そこにフランスの歴史的お屋敷が出現した!!!」 Posted on 2022/06/23 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、下の階のご夫妻にセッションやろうと言われて困った父ちゃん。
パリに帰る準備をしていたところに、この地で暮らす友人のチャールズご夫妻から一本の電話が・・・これが思わぬ経験へとぼくを導くことになった。
「ひとなり~。うちの娘の誕生日会をぼくのパパの家でやるんだけど、来ない?」
ぼくが田舎に来ていることは伝えておいた。この村で知り合った仲良し家族だ。
「家族水入らずなのに、でも、ぼくなんか、行っていいのか? 子犬も一緒だけど」
「もちろんだよ。子犬、大歓迎だ。ビクトリアの同級生が8人くらいいるけど、いいよね? ついでに、泊まっていけよ。部屋を用意しているから」
帰ろうと思っていたけれど、帰りたいわけではなかった父ちゃん。
ご夫妻のお誘いに甘えることになり、小一時間離れた山の中のチャールズパパの家へと向かったのである。これが、道なき道を行き、しかも、途中からグーグルマップさえ、消えた。え、不安。暗い森の中へと曲がりくねった小道をどこまでも・・・。
たぶん、私道なのであろう。砂利道が秘境へと登っていく。
わあ、ここ、やばいな~。
森を抜けると、廃線なのか、単線の鉄道があり、その遮断機もない踏切を超えると、チャールズのお父さんの家が突如視界に出現したのであった。
「おおお、ここか、すげー」
なんでも、築200年のお屋敷なのだとか・・・
チャールズが出てきて、説明してくれた。
「誰も買い手がつかない昔の屋敷で、5ヘクタールの土地がついてるんだ。ロバもいるし、馬もいる。ほら」
「おおお、可愛い!!!」
なんとも、美しい世界が広がっていて、圧倒された。
三四郎はロバをはじめて見たので、びびりまくっていたけれど、ロバも馬も目が可愛い・・・。
フランスの田舎の森の中に忽然と聳えるお屋敷って、これはなかなか拝める世界ではない。
静かな森の中に、子供たちの騒ぐ声が響き渡っている。
チャールズの娘、ビクトリアのクラスメイト8人が集合して、騒いでいるのだ・・・。
なんとそこに招かれた日本のおやじ・・・。あはは。
馬小屋では昔、シードルを作っていたのだとか。
人間が回して林檎をすり潰すでかい碾き臼があった。
そこは今、ロバさんと馬さんの家なのだそうだ。
彼らは、牧草を勝手に食べ、池の水を飲んで、自活している・・・。
近づいて、頭を撫でたけれど、円らな目で、ぼくを見つめてくる。三四郎の目とおんなじ、優しい目をしていた。
なにせ、動物には愛される父ちゃんなので、馬とロバにも懐かれて、大変だった。おっと、カイザー髭とハウルの魔女にも懐かれているっけ・・・。
そして、チャールズのパパの畑にも案内された。アニスとかシブレットなどのハーブ類や各種野菜、プチポワ、リュバーブ、人参、イチゴ、葡萄、などが植わっていた。それをチャールズが摘んだ。今日の料理に使うのだとか、か、かっこええ・・・。
ぼくらは生い茂る高木の下にガーデンテーブルとチェアをだし、アペリティフをやった。子供たちは温水プールで騒いでいる。
チャールズがささっとハーブを使ってブラータのサラダを作ってくれた。
美味い!!!! (さっそくレシピを教わった父ちゃんであーる)
子供たちが水着のままやってきて、ぼくの周りを走り回った。どうやら、三四郎が気になるようだ。
「ソーセージ犬だぁ」とみんな大騒ぎ・・・。
「きゃわいい!!!!」
「やあ、みんなはじめまして」
「ムッシュ、はじめまして~」
チャールズが家の中を案内してくれた。
寝室が十室くらいある。
一階には、サロンが三つあり、本棚には有名なフランスの作家の本が山積みに。暖炉を囲んで、ちょっと飲むサロンがあり、家族で寛ぐ明るめのサロンがあり、食堂を兼ねたサロンがあった。
そして、大きな食堂には、思わずうっとり。銅鍋がぶら下がっている。
「今日は、これ、3キロのチュルボー(タルボット、ひらめみたいな)を100度のオーブンで一時間、じっくり火を入れて、塩をかけて、食べるんだ」
「へー、うまそう」
「うまそうじゃなく、うまいんだよ!!!」
チャールズはこの地方では有名な料理人で、奥さんのミハはパティシエールなのである。
厨房で、ミハが誕生日ケーキを作っている、うわ、これまた、やばい!!!
子供たちはなぜか、ケンタッキー・フライド・チキンを食べていた。大人はチュルボーと白ワイン。
その白ワインは納屋を改造して作られたワインカーブの中に。そこからぼくが一本、好きなものを選んでいいという粋な計らいで、選ぶ時、思わず手が震えた。
結局、悩んで、2015年のメルキュレーの白を選んだ、これが樽香が効いて、うまいのであーる。
だんだん、陽が沈んできたが、子供たちが再び泳ぎ出したので、ぼくと三四郎は屋敷周辺の5ヘクタールの土地を散策した。
遠くに太陽が沈んでいく。いやはや、フランスの海もいいが、山の景色もまた、なんとも美しいじゃないの~。
そして、チャールズの娘さんを囲んで、プレゼントの贈呈式、子供たちが自分のプレゼントを、いちいち説明しながら、手渡していく。
「ぼくのプレゼントはiphone20だよ」
とギヨーム君が冗談を言うと、一同大爆笑。中身はシャンプーであった。(たぶん、お母さんが選んだ女性用)
ぼく? ぼくは娘さんに、ギターをさしあげた。急だったから、使ってないギターがあったので、それをギフトしたのだ。
ビクトワールちゃん、前からギタリストになりたいと言っていたので!
ケーキの蝋燭を吹き消し、大歓声に包まれた夜のお屋敷・・・女の子たちに抱きしめられて、にんまり、の三四郎であった。かまってくれる子たちがいるので、なんとも幸せそうだ。
ぼくは机の上に横たわるギターを掴んで、ちょっと歌ってみた。
それは「オーシャンゼリゼ」の冒頭部分である。
その瞬間、騒いでいた子供たちの手が止まり、ぼくを振り返った、そして、目を輝かせた。
ぼくはビクトリアに向かって、本格的に歌いだした。すると、子供たちが立ち上がって、笑顔になり、一緒に歌いだしたのであーる。
「オーシャンゼリゼ、パラッパラッパ」
「オーシャンゼリゼ、パラッパラパパ」
「オーソレイユ、スーラプリュイ、アミディ、ウアミニュイ、イリアトッスクブブレー、オーシャンゼリゼ」
大合奏が続いた。
チャールズが言った。
「そうか、知っているようで、よく知らなかった。その曲の歌詞」
「いいよね、シャンゼリゼに行けばなんでも手に入るって、歌なんだ」
「うん、古めかしいけど、フランスの歌だね。それを日本人の君が歌う、なんて面白い!」
感動的な夜であった。
田舎の、森の中の、200年前のお屋敷で、響き渡るシャンゼリゼ!
え? チャールズのパパ? そうなのである。
彼は仕事でパリに、それこそ、シャンゼリゼのホテルに滞在中なのだとか・・・。
フランスを満喫する、素晴らしい夜であった。
つづく。
今日も読んでくださり、ありがとう!!!
さて、お知らせですぞ!
マガジンハウスから「パリの空の下で、息子とぼくの3000日」が6月30日に発売されます。発売前に重版出来!
父ちゃんのYouTubeライブ、下のURLからご覧いただけますよ。
Jinsei Tsuji Hitonari【Live in Paris 2022】Ver.1
https://youtu.be/syEP1_-ZPog
Jinsei Tsuji Hitonari【Live in Paris 2022】Ver.2