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滞仏日記「明日、放送だけど、ボンジュールパリごはんに一言、言いたい」 Posted on 2022/06/16 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、明日、17日、ついにNHKBS番組の新作「ボンジュール!辻仁成のパリごはん 2022春」が放送される。
でも、ぼくはすでに次の夏版を撮影している。
春で四本目、夏で五本目になるのだ。
でも、毎回、次が突然決まるので、別にシリーズという認識はない。
オンデマンドの数字とかもよくて、視聴者の皆さんからの反応もいいということでこうやって続いてきたに違いない。
最初はドキュメンタリーを依頼された。
悩んだけど、コロナ禍で厳しい今のパリを知ってもらうには(自撮りだから大変だけど)やる意味があるな、と思って引き受けた。
そこで、よく考えてみてもらいたいことがある。
2020年3月くらいに始まった寝耳に水のコロナ禍は、世界中の人々の生活を直撃した。忘れもしない、3月17日だったか、フランスは全土でロックダウンとなった。
かなり厳しい措置で、子供を抱えて、自分の心を維持するのも大変だった。
そんなわけで、パリを離れる決意もしたし、田舎に小さなアパルトマンも購入することになった。
ぼくはフランスで起こっていることをデザインストーリーズを通して日本に発信し続けた。それは今この世界で起こっていることを作家として、父として、人間として、記録し、伝えたかったからだ。
その翌年、1月くらいにNHKからこの話が来て、ぼくは「意味がある」と思って引き受けた。意味とは、ロックダウンを3回も行ったフランスで、シングルファザーとして生きるぼくの生活を通して、日本の皆さんにこの世界が直面している現実を知って貰いたかったからだ。
ぼくの記憶に間違いがなければ、最初はドキュメンタリーということでこの番組は始まった。
細かいことは書かないけれど、パリごはんが美味しいとか、パリはうっとりすくらいに綺麗で素敵だ、とか、ぼくには実はどうでもいいことなのだった。
ぼくは人間が厳しい状況下に置かれても、そこに喜びや愉しみや夢や希望や愛をもって生きることが出来ることを撮影をしてきたつもりだ。
制作の人たちとは、正直、ぶつかった場面もけっこうあるし、何度もやめようと思った。
ともかく、もう、この番組も終わるので、今、ちょっとだけ、言わせて貰いたいことがある・・・。

滞仏日記「明日、放送だけど、ボンジュールパリごはんに一言、言いたい」



滞仏日記「明日、放送だけど、ボンジュールパリごはんに一言、言いたい」

視聴者の皆さんに僕が伝えたいことがあるのだ。
編集権は制作会社さんやNHKさんにあるので、ぼくは口出しはしないけれど、自撮りで撮影しながら、ぼくはコロナ禍や戦争の厳しい時代が押し寄せているよ、円安が日本を大変な状態に持っていくよ、でも、どんなに苦しい状況でも人間は生きていかないとならないよ、そのためには、丁寧な生活でしか、自分や愛する人を守れないんだよ、ということを伝えたかった。
きっと、懸命な視聴者の皆さんにはこのぼくのメッセージは届いているはずだと信じている。
ぼくは番組の中で、作家とは思えないくだらないダジャレを連発したり、おバカをしてきたけれど、そういうことも、過酷なロックダウンの中では出来なかった。
泣きたくても、怖すぎて、泣けない過酷を経験をした。
それから、2年、番組は続いているけれど、今度は戦争がやってきた。
平和ボケしている世界の一部はいまだ安穏としているが、この戦争は続く、とぼくは当初から言い続けている。
それは日本にとって、恐ろしい現実を連れてくるかもしれない。
円安はその序奏かもしれない。
じゃあ、どうやって市民は生き抜く心構えをしていくのがいいか、ということだと思う。
苦しいだけじゃ生きていけない。
そこでぼくは音楽や、愛や、夢や希望を、あらゆる形で現実化することを番組の中で目指したのである。
ぼくはそれを季節ごとの番組の中に織り込んで撮影してきたつもりだ。めぐる季節こそ、人間の心を揺さぶるものはない。
ただ、面白かった、というだけの番組には興味がない。
でも、面白くないと生きているのもつまらない。
だから、ぼくは笑顔で、冗談も飛ばすし、笑顔で、歌い続けるのである。
その両方を考えながら、撮影を続けてきた。
最初の回を思い出してほしい。あれは、3回目のロックダウンの最中に撮影したのである。
最初の番組の時だったと思うけど、
「この放送を見ている人は、ぼくがコンサートが出来ているか、わかっていると思う。でも、今の自分にはわからない」
と喋った時があった。
結果的に、オーチャードホールでのワンマンライブは中止になっている。実現できない夢が溢れていた。
それをカメラは捉え続けてきた。
ロックダウン中なのに、いろいろと撮影の注文もあり、自撮りだし、ライブも映画も中止になり、それは確かに、大変であった。しかし、ぼくは希望を描かなければ、と思い続けたのだ。
もちろん、今もである。

滞仏日記「明日、放送だけど、ボンジュールパリごはんに一言、言いたい」



そのことが皆さんに届いたかどうか分からない。
ぼくは作家だけど、もともと歌手なので、歌わなければ、と思い、セーヌ川から音楽配信をやった。
音楽は必要なのである。
セーヌ川ライブなんて不可能だと言われ続けた。ぼくは頭から、そうじゃない、と反論をし続けた。
でも、やらなければ、人生なんてそこまでなのだ。
数々の反対を無視して、ぼくは実行し、最終的に、セーヌ川で「バラ色の人生」を歌い、番組の最後にそれが流れることになったのだ。
編集権がないので、どうやって、思ったように番組をコントロールするか、ということに毎回、相当の苦心をしている。
ディレクターの義和さんはその意図を次第にわかってくれているような気がするが、何せ、ぼくは義和氏と会ったことがない。
いいですか? そういう時代なのである。
異常事態の中で撮影と編集が繰り返されてきた。
ぼくはこの番組を続けたいとは思ってはいない。
でも、視聴者の皆さんが、番組を見て、可能性、夢、愛、希望、人間性、そういう大昔に忘れ去ってしまったようなものが、まだ今の世界でも有効なのだ、ということを知ってもらえたなら、やった価値はあっただろう。
ほぼほぼ自撮りなので、意志だけは強いぼくは誰にも負けることない。
そもそも、失うものなどないのだ。
その精神で、ここまでやることが出来た。
夏ごはんの撮影をしながら、ぼくはもっと大きな夢の復元に取り組んでいる。これもきっと理解はしてもらえないだろうな。
今後も、新たな感染症や紛争や、考えたくはないが、核戦争でさえ、起こる可能性も実は否定できない状況下にある。それでも、人間は生きなければならないのだ
子供は大学に進む、人間は老いる、経済が悪化し、どんどん貧しくもなる、etc。
様々な要因がこの世界や日本に襲い掛かって来る中で、ぼくが皆さんに言いたいことは、幸せは遠くにはない、ということだ。
身近な人たちと共有できるものだ。
毎日毎日を丁寧に生きることでのみ、この不安定で不安だらけの世界を乗り越えられるのだ、ということなのである。

滞仏日記「明日、放送だけど、ボンジュールパリごはんに一言、言いたい」



滞仏日記「明日、放送だけど、ボンジュールパリごはんに一言、言いたい」

だから今回の、第四弾になる春編を、そういう角度で眺めて貰いたいのである。
そこには、ぼくやぼくの息子や我が家にやってきた子犬の三四郎にとどまらず、我がカルチエ(地区)の仲間たち、二コラ、マノン、ピエール、アドリアン、ロジェ、etc、が総出演する。その身近な全ての人に、ぼくは愛をあげたいのである。
愛を!
わかってもらえるだろうか? みんなに愛をあげたいのだ。
いつかこんなぼくであろうと、どこかの誰かに優しくされるかもしれないし、余った愛をわけてもらえるかもしれないのである。
愛をください、・・・。あはは。
どうでもいいことだけれど、どうでもよくないことでもある。
今日も読んでくれてありがとう。

つづく。

滞仏日記「明日、放送だけど、ボンジュールパリごはんに一言、言いたい」

ということで、お知らせです。
そのNHKの「ボンジュール!辻仁成のパリごはん 2022春」が今日、17日、放送されます。夜の10時から・・・・。

『ボンジュール! 辻仁成のパリごはん 2022春』

【本放送】6月17日(金) 午後10:00〜10:59 [BSプレミアム・BS4K]
【再放送】6月21日(火) 午後11:00〜11:59 [BSプレミアム]  

NHKーBSを視聴できない方は以下からご覧いただけます。 
【NHKオンデマンド】6月18日18時〜2週間配信

6月30日はマガジンハウス社から、いよいよ「パリの空の下で、息子とぼくの3000日」が発売に。愉しみ~。韓国の出版社から早くも出版化のお誘いが!!!
そして、
6月26日に、地球カレッジ、前期エッセイ教室の最終回、総まとめ編です。
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