JINSEI STORIES
滞仏日記「えええええ、え? はぁ、え、あ~~~、そうなんだァ、えええええ!?」 Posted on 2022/06/03 辻 仁成 作家 パリ
某月某日。今日は我が人生で、一番長い一日、であった。
とにかく、息子の大学受験発表の日(フランスにおける国立大学合否発表日)なのである。そして、三四郎をドッグシッターのジュリアに三日間預ける日なのだ。
大学の合否は先の日記で書いた通り、夜の19時に全国の国立大受験生に一斉配信される。
そして、ジュリアに三四郎を預けるのも同じ19時なのであった。
この夏、8月に日本でライブをやるので7月からぼくは日本に戻る必要があるので、長期間、三四郎はジュリアと暮らさないとならない。
もう大丈夫だとは分かっているけれど、今回は、その訓練をかねて預けることになっていた。家にいると、暗くなるので、ジュリアに三四郎を届けて気を紛らわそう、と思った。
受かれば、すぐに連絡が来る。受からなければ連絡はないだろう。
その場合、どうするか、悩みながら、三四郎をジュリアの家に連れて行くと、さんちゃん、ジュリアが視線に飛び込んだ瞬間、今まで見たことのない勢いで、尻尾を振り出し、それがもうモーターボートのスクリューのような状態の超回転を描いたのであった。
一応、NHK・BSの「ボンジュール、父ちゃんの夏ごはん」の撮影をするためにカメラマンを一人同行させておいたが、その光景を撮影することに成功した。
ま、テレビ的には、面白い絵が撮れたかもしれないが(三四郎はジュリアに会えた興奮で、嬉しょんをしてしまったのであーる)、ぼく的には、三四郎が一度もぼくを振り返らないで、ジュリアの家に消えて行ったのが超ショックで、次の瞬間には激しい落ち込みとロスの中に埋没したのである。
日々、一生懸命愛情を注いでいる父ちゃんには、あんなに尻尾を振ってくれたことがないのだから・・・。
息子が思春期になった直後のことを思い出してしまった。
やれやれ。ぼくちん、幸せの、意味がわからにゃーい。
しかし、である。
三四郎があんなに喜んでいるのだ、寂しいけど、ジュリアのような子はなかなかいない。
三四郎にとってはこんなに幸せなことはないのだ。
しかも、毎晩、ジュリアのベッドで眠ることが出来るのだから・・・・。
これは喜ぶことだ、とぼくは自分に言い聞かせ家路についた、のだけど、
「あれ?」
慌てて、時計を見ると、20時半であった。
19時には、大学の合否結果が出ているはず。
合格したらすぐにSMSを送ると言っていたのに、ワッツアップにもLINEにも、どこにもメッセージが入ってないじゃないか!!!
撮影隊に待っていてもらい、ぼくはジュリアの家の近くの公園で、息子に電話をすることになる。
呼び出し音が流れだした。
三四郎から今度は息子のことに頭が切り替わった。
ドキドキはマックスで、心臓が今にも飛び出しそうであった。
ダメだったら、どうやって慰めよう。ダメだったら、このまま、飲みに行くしかない、と思った次の瞬間、息子の声が聞こえた。
「あ、パパだけど、どうだった?」
いきなり、本題に入った。
「あ、ええとね、3っつ、受かった」
ええええええええええええええええええええええええええええええ!
心臓が止まりそうになった。
3っつ、受かったのォォォォ????
「3っつ、受かったのか!」
「うん、受かった」
「ちょっと待て!」
あまりに大きな声をあげたので、通行人がこちらを振り返った。
「受かったのは、君が行きたいと思っていた難関校か?」
「難関校といえば、難関校かなァ。わかんないけど、志望校だよ、行きたかった大学10校の中の、3っつだから、よかった」
ま、マジか、心臓が止まりそうなのである。公園の柵の鉄格子をつかんで、なんとか倒れないですんだ。
「ちょっと待て。受かった3っつはどこだ。どこの大学だ、教えてくれ」
息子が大学の名前を言った。えええええええ!
「そこ、知ってる。え、じゃあ、自分が選んだ学校に入れたってことか?」
「うん、でも、他に3っつ、補欠になってるんだ」
「補欠か、補欠なんかどうでもいい、そこに行け、その3つの中のどこかにしたらいい。志望大学に入れたんだから、迷うな、最高じゃないか」
音楽ばっかりやって、勉強などほとんどやってないこの子が、大学に合格したのは、奇跡としかいいようがない。
一瞬、フランスが心配になった。こんな音楽ばっかり人間を大学生にしていいのか? 待てよ、それか、これは夢? ぼくは自分の頬をつねったら、痛いじゃー――ん。
「パパ、冷静になって、落ち着いてよ」
という息子の声もちょっと上擦っている。
「わかった。冷静になろう」
深呼吸をした。
「実は、補欠の大学の一つが、前から離していた超難関校で、一番行きたかった大学なんだ」
「あれか、君の合格率7%の!?」
「あはは、うん」
補欠なんか、無理だ、とぼくは決めつけ、端から相手にしていない。受かった大学に行けばいいじゃないか、と思っていた。
「いや、でも、去年、ぼくよりも補欠順位の低かった人が最終的にその大学、合格しているんだよ」
「は? マジか? でも、たしか、3日以内に今受かった大学のどれか一つを決めないとならないんじゃなかったっけ? 決めたら、もう、他には変えられないだろ?」
「そうなんだけど、そこを選んでも、補欠の大学から合格通知が来たら、移ってもいいんだ」
「本当か!!!」
「嘘言わないよ。たとえば、ぼくは1つを選ぶじゃない、すると2校を捨てることになる。全国で同じ現象が起きるので、難関校でも、可能性が出てくるんだ。わかる?最終的に7月14日まで、ぼくはどの大学に行くか、まだわからないということなんだよ」
「おおおおおおおおお、なるほど」
「つまり、今、3つの大学には必ず行ける。でも、希望していた超難関校の補欠順位だけど、実は、かなり上なんだ。去年であれば受かっている順位なんだよ。だから、まだ、そこを諦めないでもいいの。わかるかい?」
「(死にそうだ。もう、殺してほしい。限界マックス超えた)、よし、分かった。落ち着け、もうよくわかったから」
「落ち着いてるよ、パパこそ、休んだ方がいい。息が荒いけど・・・。でも、安心をして、必ず、秋から大学生は間違いない。諦めかけていた一番、難しい大学も、まだ諦める必要はないし・・・」
「やっと理解出来た。おめでとう」
息子が笑った。
「ありがとう」
「素晴らしい。とにかく、おめでとう。今からすぐ帰る。帰ってから、ゆっくりと訊かせてくれ!!!」
「OK」
ぼくは電話を切った。
素晴らしい夜だった。シングルファザー歴9年、最高の夜であった。
わっはっは!!!
つづく。
ということで、嬉しすぎて、どうにもなりません。
まだ、最終的なことはわかりませんが、この秋から息子は大学生になります。
皆さん、本当にありがとう!!!! 応援してくれた皆さんのおかげです。いつも、こんな父ちゃんを・・・ううう・・・嬉しい。
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ありがとおおおおお。