JINSEI STORIES
滞仏日記「どきどき、やれやれ、気が重い。いったいどうなる、発表前夜」 Posted on 2022/06/02 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、ライブがあるので何が何でも日本に帰らないとならない父ちゃんである。
日本行きの航空券、とりあえず、エアーフランスとANAとJALの直行便をすべて購入してあった。
(帰国のために直行便を運航している航空会社のチケット3社分、買ったのは生まれて初めて。4回目のライブ中止はさすがにあり得ないので、苦笑)
ところがである。今日、その中の一社が欠航となってしまい、悩んだけれど、欠航になった便は払い戻し手続きをした。欠航なので、もちろん、払い戻しが可能になる。息子のチケットも一緒に払い戻し手続きを行うことになった。
(実は別の一社も変更になったので、払い戻し対象となっている。もうちょっと様子を見て、解約するか、決める)
ロシアのウクライナ侵攻はとりあえず膠着化しているが、一月後、どうなっているのか、さっぱりわからない。
ライブの日程が発表になったので、ぼくのせいでキャンセルにはさせられない。
直行便がダメでも、乗り継ぎならば、必ず行ける。何がなんでも日本を目指す。
コロナ検査で陽性になっても出国できないので、今日から、一週間に一度、PCRテストをやる覚悟だ。
日本側での隔離がこの1日からなくなった。しかし、出発、72時間前にPCR検査を専門機関で受けないとならない。コロナ、戦争、日仏をまたぐ巨大な壁はいくつもある。なかなか元通りの世界にはなりそうもない。
朝、10時にウクライナ人のカーチャさんが掃除にやって来た。まじめな人だから、下の階、オラジオのお母さんにも気に入られ、うちの掃除が終わった後、続けて3時間、働くのだそうだ。
三四郎がカーチャのハタキを狙っていたので、「やめれ」と何度も忠告をしないとならなかった。笑。三四郎はカーチャのことが気になるのだ。
「ムッシュ、梯子ありますか?」
「梯子? あるけど、どうするの?」
「キッチンの天井が汚れているから、あれはキレイにした方がいいです」
確かに、フランスの換気扇事情がかなりひどいので、薄汚れている。NHKの「ボンジュール、パリの夏ごはん」を現在撮影中なので、拭いてもらえるのは有り難い。
梯子を取りに行き、キッチンの真ん中においた。
「でも、大丈夫ですか?」
「大丈夫。ウクライナではいつもやってましたよ」
そうか、ご主人のことは聞けないけど、気が気じゃないだろうな、と思った。
働き者のカーチャに、サンドイッチを作った。日本のダシの利いた甘い卵焼きを入れ込んだカリカリベーコンホットサンドだ。父ちゃんの自信作なのであーる。
帰りがけに、
「これ、食べていってね」
と渡した。
「わあ、美味しそう!」
明日は、大学受験の発表の日なので、実は落ち着かない辻家なのである。息子は昼過ぎに出かけた。
「ちょっと出かけてくる」
と言い残して・・・。
「夕飯はうちで食べるか?」
ドアを閉めようとする息子に、慌てて声をかけた。
「うん」
く、暗い・・・。
ま、それはいいとしても、受験した十校全部がダメだったら、と悪いことばかり考えてしまう父ちゃんなのだった。
そういう時に、父親はどういう態度で息子に自信を回復させたらいいのだろう、とか、・・・まだ何も結果が出てないのに、悪い方に悪い方に考えて一人でドキドキしているのだから、困ったものである。やれやれ。
息子にもカーチャに出した同じ、厚焼き玉子焼き入りカリカリベーコンサンドを食べさせた。落ち着かない時、甘い卵焼きを食べると落ち着く。そうだ。甘い卵は頭の疲れをとってくれるはず、・・・父ちゃんの持論である。
ともかく、父親としては、落ち着かないので、知り合いのカフェに行くことにした。すると、アドリアンたちがいた。
「やあ、エクリヴァン(作家よ)」
「ああ、これはこれは哲学者のアドリアンじゃないか」
他にも、ピエールとか、カリンヌとか、エステルとか、ブノワとか、ご近所さん、大集合であった。
アドリアンは退職する前まで、南アフリカ大学の先生だった。
だから、息子の気持ちはよくわかるようだ。
「ま、ヒトナリさん。こればっかりは、なるようにしかならないが、大事なのは、入ることじゃなく、しっかり勉強をして大学を出ることだからね。自分が勉強したいことを見つけることだからね。真に学びたい学問に出会うことだ」
と言った。
それに尽きるな、と思った。
ところで、アドリアンは三四郎とキスをしていた。
カメラマンのピエールがその瞬間を撮ったので、(ぼくは隣に座っていたカリンヌと話していたので、その瞬間は見てない)御覧頂きたい!笑。
「おいおい、アドリアン。変なことするなよ。君のばい菌がサンシーに染つるじゃないか」
みんなが大爆笑となった。
「へりくつばい菌だな」
やれやれ。
明日か、気が重い。
※ カーチャがキレイキレイしてくれた、キッチンの天井部。すべすべでした!!!
家に帰り、夕飯の準備をした。カーチャが大掃除してくれたキッチンは燦然と輝いていた。ほー、と思わず見回してしまった。有難いことである。
つづく。
ということで、明日、どうなることでしょうね・・・。どきどき、ふー。
ぼくがこの日記でなにも触れなければ、あまり芳しくなかったのだな、と勘繰ってください。そうなると、教育省のようなところが息子の大学を決めるのだそう・・・。気が重い。重すぎる・・・。でも、本人はもっと緊張しているだろうから・・・。
さて、お知らせです。
父ちゃんのライブ、6月13日にチケット発売になります。8月8日、大阪ビルボード、8月12日、横浜ビルボードです。お時間あれば、ぜひに!!
ええと、6月30日にマガジンハウスから「パリの空の下で、息子とぼくの3000日」がついに刊行されます。イラストに色が付きました!!!
んで、6月17日はNHKの新作「2022年版、春ごはん」が放送されます。
それから、地球カレッジ、文章教室エッセイ編、最終回のお知らせです。
6月26日、日曜日、20時から、生オンラインでお会いしましょうね。
詳しくは、下の地球カレッジバナーをクリックくださいませませ!!!
ぐぐぐ、緊張するうううううう。。。。。。
イラスト、辻画伯。あはは、自分かわいすぎやろ。んで、息子、ふけとるやないか!