JINSEI STORIES

滞仏日記「息子がちょっと神経質になっている? 三四郎が見守る、辻家の初夏」 Posted on 2022/05/30 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、夏は久しぶりの日本だけど、三四郎をずっとジュリアのところに預けていていいのか、と思ったので、息子に相談することにした。
「ということなんだよ。8月、君がパパの仕事が終わるまで、面倒をみてくれると助かるが」
自分の膝の上にのっている三四郎を見下ろし、考え込んでいる息子くん・・・。7月は一緒に日本に行くが、8月は何かやることがあるみたいで息子だけ7月末、パリに戻る。
「いいよ。でも、どのくらい?」
「それが夏の仕事次第だけど、最後のライブが8月12日だから」
「なるほど。わかった」
三四郎がぼくらの間で、二人のやり取りに耳を傾けている。
話を理解しているのじゃないか、というくらい凛々しい顔でぼくを見ている。
「8月になると、パリ事務所の人やエリックも戻って来るので、一日中べったりじゃなくても、大丈夫だと思う」
「うん。分かった。パパもがんばらなきゃならないものね、応援するよ」
「ありがとう」
三四郎を挟んで、息子とのやりとりが増えた。
二人きりの時は反抗期や思春期もあったので大変だったけれど、三四郎がやってきたおかげで、彼が緩衝材となり、家族の和む時間が増えた。
これは本当に素晴らしい効果である。
「もうすぐだね、大学の結果。6月2日が最初の発表だったっけ?」
「最初? いや、全大学の発表だよ」

滞仏日記「息子がちょっと神経質になっている? 三四郎が見守る、辻家の初夏」



「全部? 受験した十校の結果が全部出るの? そんなの知らなかった」
「当たり前じゃん、私立の学校は知らないけど、国立は全部、2日に一斉に発表になるよ」
「マジか? 難関校だけだと思っていた」
「難関校って、全部難関校だよ」
「全部、難関校なの? 滑り止めは?」
「滑り止めの意味が分からない。楽勝で入れる大学なんか一つもないんだよ。言ったでしょ? 全部難関校なんだって」
何を聞き間違えていたのだろう。
改めてよく聞くと、フランスの国立大学は6月2日に一斉に合否の連絡が本人に届くのだという。
ぼくが考えているような滑り止めというのはなく、もしも、2日に志望大学に受からない場合は、政府が別の大学と調整し、成績に照らし合わせて、振り分ける、とのこと。
どこかには入れるのじゃないか、ということらしい。
ただ、その場合、希望する学科ではないので、モチベーションが出るかわからない、と息子が口をへの字にして、告げた。
その場合は、翌年、受け直すこともあり得る、というのだから、驚いた・・・。
「大丈夫なの?」
「なにが?」
「いや、ええと、どこかに入れるんだと思っていたから」
「・・・・」
暗くなった。三四郎が聞き耳を立てている。それから、何を察したのか、三四郎が、ぺろぺろと息子の手を舐め始めた。
「ま、なんとかなるか」
「どうだろうね。志望大学も、全部が全部、学びたい大学ではないんだ。選択肢がなくて、仕方なく選んだ大学もある。入ってみないと分からない。本当に行きたいところはみんなが行きたいところだから、どうなるか、最後の最後まで分からない。ただ、滑り止めというのはないけれど、合格者のキャンセル待ちというのが結構あって、8月の頭くらいまで志望校に入れる可能性があるらしい」
「なるほど、しかし、それは確率少なそうだね」
「うん」



胃が痛くなった。
あと、4日後に、だいたいの結果が出てしまう。
フランスの受験の仕組みがよくわかっていなかった。コロナ禍があり、受験システムが大幅に変更されたこともある。
そういう意味では息子の世代はその波をもろにかぶった世代ということになる。
でも、じたばたしても仕方がない。
これこそ、なるようにしかならないのである。
「そうだね。なるようにしかならないから、それにベストは尽くしたから、あとは運を天に任せて、様子を見るしかないんだよ」
その時、ぼくは息子の異変に気が付いた。
目元に微かな痙攣が走っている。顔面神経痛のようなものだ。微かだけど、彼なりに、相当に神経を使っていることが伝わってきた。
18年間、ずっと一緒にいるけれど、初めて見る兆候だった。
顔面神経痛は、十数秒置きに出ている。この話をする前はなかったので、これ以上、この話題には触れない方がいいかもしれない、と思った。
悩んでも考えても試験は終わったのだし、あとは天と大学側が決めることだ。
「夕飯、何が食べたい?」
「なんでもいいよ」
落ち着かないのだろうな、と思った。
ここのところ、ずっと部屋に閉じこもっている。声にならない溜め息・・・。
未来を決めたくても、大学が決まらないとどうしようもない・・・。
あと、4日、残酷な4日間だな、と思った。



地球カレッジの文章教室を二時間弱頑張った後、ぼくは三四郎を散歩に連れ出した。日曜日のパリは超快晴で心地よかった。
息子も連れ出してやりたかったけれど、今は、ほっとくしかない。
「三四郎、走るぞ」
広場には大学生だろうか、息子よりちょっと大人の若者たちが集まって、スポーツをやったり、語り合ったりしていた。
リードを掴んだまま、ぼくも三四郎と一緒に若者たちの間を走った。
複雑な心模様のパリであった。

つづく。

今日も、読んでくれてありがとう。
6月がどういう季節になるのか、辻家に晴れ間が広がるのか、ちょっと落ち着かない日々が続く感じですが、なるようにしかならないので、なんとか支え合って生き続けますね。
父ちゃんからのお知らせです。
まずは、
「ボンジュール!辻仁成のパリごはん 2022春編」
<放送日時>
【BSP-4K同時】(本放送)6/17(金)22:00~22:59
【BSP のみ】 (再放送)6/21(火)23:00~23:59
*NHKオンデマンドは18日18時〜2週間配信
そして、もう一つ、再放送のお知らせを。
新作の放送に向けて、2月に放送した「冬ごはん」の再放送も決定しました。
再放送と新作、合わせて2週連続放送になります。
<再放送>
「ボンジュール!辻仁成の冬のパリごはん」
【BSP-4K同時】 (再放送)6/10(金)22:00~22:59
お楽しみに。
地球カレッジ、文章教室、エッセイ編の前期、最終回は6月26日、日曜日を予定しています。
また、お知らせしますね!!!

辻󠄀仁成 アコースティック セレナーデ フロム パリ
Jinsei Tsuji Acoustic Serenade From Paris
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【ビルボードライブ大阪】(1日2回公演)
8/8(月)1stステージ 開場17:00 開演18:00 / 2ndステージ 開場20:00 開演21:00
[お問い合わせ] ビルボードライブ大阪: 06-6342-7722
〒530-0001大阪市北区梅田2丁目2番22号 ハービスPLAZA ENT B2
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【ビルボードライブ横浜】(1日2回公演)
8/12(金)1stステージ 開場17:00 開演18:00 / 2ndステージ 開場20:00 開演21:00
[お問い合わせ] ビルボードライブ横浜: 0570-05-6565
〒231-0003 神奈川県横浜市中区北仲通5 丁目57 番地2 KITANAKA BRICK&WHITE 1F
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発売日
Club BBL会員、法人会員先行=6/6(月)12:00正午より
一般予約受付開始=6/13(月)12:00正午より

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