JINSEI STORIES

退屈日記「どこまで三四郎を人間扱いすべきかで悩む父ちゃんの巻」 Posted on 2022/05/10 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、早朝から屋根の上に人がいて、とんかちを叩くものだからうるさい。
三四郎にとっては天変地異のような状況なので、珍しく吠えている。
「大丈夫、壊れた屋根を直しているんだ」
と説明するけれど、わかるはずがない。わん!
去年の10月にタンペット(暴風雨)に見舞われ、この村の家々の屋根が飛んで、そこから雨が降るたび、家の天井が濡れて、その結果、天井や壁に亀裂が入った。
「こりゃあ、酷いな。全面的にやり直さないと」
その屋根工事だが、暴風雨から実に半年を経て、ようやく行われているのである。これがフランスの実情である!
日本ならば、すぐに飛んできてくれるところだが、村中の屋根が飛んだので、最後の最後で我が家にやってきたらしい。一応、応急措置でビニールシートが被せられていたが、それでも漏れる。
とにかく屋根を完全に元に戻さないと、今後も亀裂は大きくなるので、やっと工事が始まったことは歓迎しないとならない。
ぼくは仕事場の窓をあけて、身を乗り出し(ここは建物の最上階、5階である)音のする方を見上げた。屋根の淵を屋根屋さんが普通に歩いている。
「ボンジュール! ムッシュ~」

退屈日記「どこまで三四郎を人間扱いすべきかで悩む父ちゃんの巻」

退屈日記「どこまで三四郎を人間扱いすべきかで悩む父ちゃんの巻」



髭面の若い人が気が付いてくれ、屋根の淵まで来なくていいのに、命綱もなく、ぼくの方にやって来て、しかも片方の足は窓のひさしにのっけ、身を乗り出した。こわ。
それだけで高所恐怖症のぼくは眩暈を覚えた。
「いつまでですか? 工事?」
「2,3日ですね。結構、被害が大きいので全面的に屋根を変えていますから」
「ありがとう。気を付けて作業してください」
ということで、挨拶は終わり、部屋に戻った父ちゃん、壁の亀裂の写真を撮影した。
前回、田舎のアパルトマンに来た時よりも亀裂が酷くなっている。保険会社に電話をしたら、見積もりを出して、というので、被害箇所の写真をジェローム(この家をリフォームした人物)に送り付けた。
パリの水漏れは完治するまでに3年を要した。この台風による雨漏り被害にもそれなりの時間がかかることになる。フランスで生きるというのはこういうことの連続なので、何もかもが遅く、いつだって水漏れで、実に厄介なのだ。

退屈日記「どこまで三四郎を人間扱いすべきかで悩む父ちゃんの巻」



退屈日記「どこまで三四郎を人間扱いすべきかで悩む父ちゃんの巻」

三四郎にあさごはんを与えた。
この工事音に慣れてもらうしかなかった。
食べ終わった三四郎は、スタスタとぼくの寝室に入ってきた。寝室は完全に出入り禁止区域である。
「おっおー、サンシー。そこ入っちゃダメでしょ?」
三四郎には入っちゃいけない区域が結構ある。ピッピやポッポ(おしっこやうんち)がちゃんと指定場所で出来るようになれば、柵を取り払い、家を全面開放する予定ではある。
しかし、今のところ、ピッピは微妙なので、寝室には入れない。
「サンシー、だめだよ、出なさい」
三四郎はダメが大好きなので、ダメと言われると、反対のことをする。睨みつけ、出るように指さしをすると、暫く悩んでから戻って行った。
彼はぼくの寝室で一緒に寝るのがどうやら夢みたいで、かなえてあげたいけど、ちゃんとピッピが出来るようになるまではダメだ。ぼくは甘やかさない。
でも、たまに、ドアを閉め忘れてしまうことがある。
三四郎がいないので、慌てて、寝室を覗くと、寝室のソファの上でクレオパトラのように座って、澄ました顔で、寛いでいる。
「おっおー、サンシー、そこ、ダメじゃないの?」
外を指さすと、こりゃまた失礼という顔をして、スタスタと出ていく。
彼は「おかしいな」という顔をして出ていくけど、そこは犬なので、あまり深く悩んだりはしない。
隙あらば、寝室に忍び込み、ソファの上でクレオパトラになっている。



可哀想ではあるけれど、躾けは大事だ。今はその勉強期間で、たしかにだんだんと出来るようになってきた。
ところで三四郎は間違いなく、ぼくの子だと思っているので、子の権利を主張する。
ぼくにくっついている時が世界で一番好きな時間なのだろう。それはよくわかる。
ぼくの膝の上で昼寝をしている時のあの幸せそうな顔を見ればわかる。
でも、ぼくも四六時中三四郎の相手はできないし、寝るときは一人で寝たいので、三四郎はベッドには上がることが許されないのである。
寝室のドアを閉めてぼくは寝るのだけど、そうすると、三四郎は自分のベッドでは寝ず、寝室のドアの前で寝るのだ。昨夜もそうであった。おおお、可哀想・・・。
そこにベッドを移動させてやろうかと悩んだけど、これも躾けなのでやめた。しかも、田舎は夏日なので、床で寝るのが気持ちいいのだ。
監視カメラで覗くと、ぼくの部屋の前の皮の丸い(プフ)クッションの向こう側で寝ている。時々、壁に手を当てるので、がさっという音が聞こえてくる。
パパしゃーん、と呼んでいるのだけど、仕方がない。

退屈日記「どこまで三四郎を人間扱いすべきかで悩む父ちゃんの巻」

一時間くらいそこでうつらうつらした後、三四郎は諦めて、自分のベッドに戻るのだ。三四郎は頑固だけど、諦めることが出来る子なのである。
こんなに可愛い生き物がほかにいるだろうか?
ということで、今、三四郎はぼくの膝の上にいる。膝に子犬を載せて仕事をすることにも慣れてきたが、これも、実は躾け的にはよくない。
ずっとこんな調子で仕事が出来るわけがないからだ。とくに、小説の執筆中の抱っこは無理である。笑。
三四郎を床におろした。
「おっおー、サンシー、パパはお仕事をしなきゃならないんだ。向こうで遊んでなさい」
ぼくを見上げて、首をかしげる三四郎であった。

つづく。

今日も読んでくれてありがとう。
やれやれな毎日ですが、かわいいはずるかですね。笑。
辻󠄀仁成 アコースティック セレナーデ フロム パリ
Jinsei Tsuji Acoustic Serenade From Paris
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※ サンシー、出ていきなさい、というと、あらぬ方を見てごまかすの図。

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